横綱の引き際2

引き際データ分析

 「横綱の引き際」では、直近の引退例を振り返った。

 続いて第二弾では、直近6場所(現代だと通常1年間)の成績を分析して、どの横綱が強みを保ったまま引き際を迎えたのか、客観的に評価していく。

1.勝利数上位

 負けが込むのはもちろん、全休が多いのも、横綱としての務めを果たせていないとして批判の対象となる。したがって、しっかり勝利数を稼いでいれば、引退とは縁遠いということになる。

順位 四股名 勝星 勝率 出場率

玉の海 82 .911 1.000

朝青龍 71 .789 1.000

栃 錦 67 .859 1.000

65 .867   .833

佐田の山 61 .753 1.000

双羽黒 59 .694   .944

大 鵬 57 .814   .864

玉 錦 56※ .824   .944

男女ノ川 50※ .617   .900

10

柏 戸 49 .620 1.000

11

輪 島 48 .706   .872

12

日馬富士 47 .671   .778

13

若乃花Ⅱ 46 .697   .815

14

琴 櫻 45 .643   .778

14

若乃花Ⅰ 45 .652   .767

 ただし、直近6場所の勝ち星でベスト10に入るのは、補足説明が必要な人たちだ。玉の海と玉錦は現役死、詰腹を切らされた朝青龍、双羽黒と、まだ元気な姿を見せていたのに思いがけ無い最後を迎えたケースだ。1位の玉の海の82勝はダントツ。

 

 それを除くと、栃錦、曙、佐田の山、大鵬、男女ノ川、柏戸、輪島、若乃花Ⅱ、琴櫻・若乃花Ⅰの10傑となる。

 

 さすが、「桜の花の散るが如く」の栃錦が1位。2位の曙は、直前が全休で惜しくも次点だが、勝率では栃錦を上回る。3位佐田の山は、引き際だけでも柏鵬を上回るという覚悟の現れ、4勝分大鵬の上に来た。直前2場所優勝というのは異例である。

 大鵬も最後まで強く、休場も1場所だけなので上位に食い込んだ。柏戸は勝率こそ低いが、あれだけ休場がちだった横綱が晩年に皆勤を続けて上位。柏鵬の間に割り込んだ男女ノ川は年2場所時代の横綱で、直近6場所だと最後3年間の成績だから参考記録かもしれないが、毎場所10勝程度ながら出場率が高かったことで数字上はこの順位(1場所13日の場所も含んでいる)。

 

 しかし、数字の比較には若干留意すべき点があり、最終場所から起算した6場所を数えるので、場所序盤で引退した場合は不利になる。また特に咎められない全休1場所が含まれていても、大きな不利を被る。白鵬、貴乃花、千代の富士も全休が複数あって20傑にも入らない。このあたりが印象と順位の感覚的な隔たりがある要因かもしれない。

 

 従って、勝利数ランキングの上位力士は、「最後まで横綱として責任を全うしつつの鮮やかな引き際」であると言えるが、15位くらいになると、年の半分の45勝程度となり、必ずしも見事な引き際とは言い難いケースも出てくる。

 この指標だけで横綱の引き際の良し悪しを語るのは難しい。

2.勝率上位

 続いて、最終6場所の勝率での比較を行う。

 勝利数同様にアクシデントによるケースが上位。急死した玉の海が2位、玉錦も5位に上がったが、詰腹切らされた朝青龍は8位。双羽黒、日馬富士も20傑には入ったが、勝利数に比べると順位を落とした。朝青龍は8割近い勝率なので年間最多勝級だが、双羽黒、日馬富士は決して好調な一年だったわけではない。それでも進退を問われていたわけではないので、他の横綱の晩年に比べれば高勝率だ。

    勝率 出場率 勝星
白鵬 .944 .200 17
玉の海 .911 1.000 82
.867 .833 65
栃錦 .859 1.000 67
双葉山 .833 .716 40
玉錦 .824 .944 56
大鵬 .814 .864 57
朝青龍 .789 1.000 71
常ノ花 .774 .803 41
10 千代の富士 .757 .488 28
11 佐田の山 .753 1.000 61
12 鶴竜 .706 .200 12
12 輪島 .706 .872 48
14 若乃花Ⅱ .697 .815 46
15 貴乃花 .696 .274 16
16 双羽黒 .694 .944 59
17 千代の山 .683 .506 28
18 北の湖 .672 .744 39
19 日馬富士 .671 .778 47
20 大乃国 .667 .643 36

 通常の引退のケースだけで比較すると、勝利数とは上位の順位が変動する。10傑は、①白鵬(32)、②曙(勝利数2位)、③栃錦(同1)、④双葉山(同19)、⑤大鵬(同7)、⑥常ノ花(同17)、⑦千代の富士(同27)、⑧佐田の山(同5)、⑨輪島(同11)・鶴竜(同37)。出場率8割未満の横綱が大きく順位を上げている。勝ち数の順位よりは強いまま引退した印象の面々が並ぶ。

 しかし、横審から引退勧告も現実味を帯びる中で引退した鶴竜もランクインしている。皆勤1場所だが12勝(相星決戦敗退)し、あとは全休か早々に休場したため、勝率7割を残している。数字から見ると、直近に目立った乱調もないものの故障に泣いて引退した、という評になるのか。

 そういう意味では、1位白鵬をどう評価して良いものか。唯一の皆勤場所が全勝、もう1場所は2勝と不戦敗で、あとは全休(コロナ措置含む)。土俵上では無傷で最後の1年を過ごした。直近の出場が全勝で辞めているのだから最強の引退力士というのも一理。一方で、それ以前からの休場過多を咎められ、鶴竜と共に注意決議を受けていて、全勝優勝する場所までは追い込まれた状況にあった。

 ある程度の欠場には晩年の横綱だから目をつぶることで、勝率は比較に耐えうるかと考えたが、1位の力士の評価が分かれるということは、指標として十分とは言い難い。

 

 勝ち星だけでも勝率だけでも、やはり実際とのズレは出てきてしまうようで、出場率を勘案する必要がありそうだ。

3.出場率上位

 直近1年、引退の日まで休場がなかったのは5人。引退直前は、大きな故障がなくても不振で休場に追い込まれることが増えるので、軒並み出場率は低くなる。その中で高い出場率を誇っているということは、一定以上の成績は残していたということだから、参考にはなるはずだ。印象に反して順位が高めなのは、柏戸、男女ノ川、吉葉山。勝率は5割後半〜6割前半と、二桁勝てない場所も目立つが皆勤はできており、何かのきっかけで良くなればという期待は多少持てた。

 出場率は、勝敗は度外視して土俵に上がった割合の高さなので、直接強さの参考にはならなさそうだが、顔ぶれを見ると意外と晩年期の強さとの相関性は高いのかもしれない。もちろん、勝率上位も1位白鵬を除いて多くが上位にランクインしている。

順位 四股名 出場率 勝率 勝星

栃錦

佐田の山

柏戸

玉の海

朝青龍

1.000

.859

.753

.620

.911

.789

67

61

49

82

71

玉錦

双羽黒

.944

.824

.694

56※

59

男女ノ川

.900

.617

50※

輪島

.872

.706

48

10

大鵬

.864

.814

57

11

吉葉山

.845

.577

41

12

.833

.867

65

13

若乃花Ⅱ

.815

.696

46

14

常ノ花

.803

.774

41※

15

琴櫻

日馬富士

.778

.643

.671

45

47

独自基準 WPP

 そこで、独自基準を設けてみた。2つの要素を掛け合わせて評価する試みとして、野球のOPS(出塁率+長打率)のように勝率と出場率の和で比較してみるとどうだろう。名付けてWPP(Winning rate Plus Participation rate)。

 勝率+出場率*0.3で算出。勝率をベースに、横綱として場所を勤めていた貢献:出場率を補正することにした。出場率の3掛けが補正度合いとして正しいのかは何とも言えないが、勝率5割を切ってもフル出場したら高順位になるのはおかしいので、バランス的にはいい具合ではないだろうか。

順位 四股名 WPP 勝率 出場率
玉の海 1.211 .911② 1.000
栃 錦 1.159 .859④ 1.000
 曙 1.117 .867③ .833
玉 錦 1.107 .824⑥ .944
朝青龍 1.089 .789⑧ 1.000
大 鵬 1.074 .814⑦ .864
佐田の山 1.053 .753⑪ 1.000
双葉山 1.048 .833⑤ .716
常ノ花 1.014 .774⑨ .803
10 白 鵬 1.004 .944① .200
11 双羽黒 .977 .694⑯ .944
12 輪 島 .967 .706⑫ .872
13 若乃花Ⅱ .941 .697⑭ .815
14 柏 戸 .920 .620 1.000
15 日馬富士 .905 .671⑲ .778
16 千代の富士 .897 .757⑩ .468
17 北の湖 .895 .672⑱ .744
18 男女ノ川 .887 .617 .900
19 若乃花Ⅰ .882 .652 .767
20 琴 櫻 .876 .643 .778

 実際に当てはめてみると、ちょうどベスト10までが10割を超える(OPSも10割超えが超一流とされる)。さらに期間内に優勝も記録している。なかなかいい感じのランキングになるのではないだろうか。

 ベスト5は妥当なところだろうし、休場の多い面々も高すぎない順位に収まった。出場率ワースト10の中では、勝率1位の白鵬が10位に食い込んだが、勝率15位以内の貴乃花、鶴竜などは軒並み30位以下に弾き出された。

 

 大鵬と佐田の山、どちらが引き際が見事かという議論はあるが、この指標でいくとわずかに大鵬が上回った。ただ、この指標には優勝が含まれていない。特に佐田の山は引退場所の前2場所を連覇しており、これを加味したり、直近6場所よりも短いスパンで評価すれば、大鵬を上回るとも評価できるだろう。

 

 

 20傑の中で、急逝の玉の海、詰め腹の朝青龍を除くと20代は二代目若乃花だけ。若くして辞める力士は、よほど追い込まれているので20傑に入っていないのも納得だが若乃花の13位はどういうわけか。皆勤4場所は二桁勝っており、勝てば決定戦の場所もあった。前場所の全休も痔。2勝3敗となって引退したのは唐突だった。形式上は不振による引退だが、土俵外の要因が大きかったようだ。

 そのほか印象との乖離でいえば、千代の富士の16位は世間のイメージより低いか。直近1年の皆勤場所は優勝と準優勝、途中休場した場所も土俵上では無敗だったが、全休2場所で出場率が5割を切ったのがマイナス。11〜20位の中では勝率7割5分は飛び抜けているが、勝率6割台の4人より下になった。これを見ると、この指標は出場率の比重が少し高すぎるだろうか。

 17位北の湖は直近3場所0-3,3-4,0-3と不成績が続いたので引退やむなしという印象なので、千代の富士と僅差なのは意外。5場所前の復活の全勝優勝が含まれ、それ以前の長期休場は除かれたため、6場所でみると同等となった。

 今回の分析では、あくまで勝ち負け、出場のデータから晩年の成績を比較した。世間で言う「鮮やかな引き際」に影響を与える、直近の優勝、優勝争い、最後の相手など世代交代のドラマといった要素は含まれていない。

 上述のWPP16位千代の富士であれば、3場所前の優勝、貴花田との世紀の対決という要素が見事な引き際と認識させることとなった。

 WPP20傑外で勝率15位の貴乃花は、2場所前の復活準優勝、最後の場所で再出場した壮絶な散り様が彩りを与えている。

 大鵬も次代を担った貴ノ花が最後の相手。北の湖の引退は両国国技館最初の大ニュースに、無敵神国日本の象徴・双葉山は終戦とともに現役を終えた。