昭和史発掘 本場所編

昭和56年1月場所

概要

トピックス

千代の富士が初優勝、大関昇進

大関貴ノ花が引退、史上1位在位50場所

 

優勝

千代の富士

関脇

14勝1敗

決定戦(楽日連戦・リベンジ)

 

記録

高見山初土俵以来連続出場記録1位

 

歴史的観点

千代の富士が北の湖のライバルに浮上

千代の富士が貴ノ花から超人気力士の座を引き継ぐ

 

お約束・名物

麒麟児ー富士櫻の突っ張り合い

栃赤城のサーカス相撲

荒勢の唸り声

増位山の軽い所作

江戸の華の弓取り

変な掛け声

 

前場所からの流れ

 前の場所中三重ノ海が引退し、この場所から番付上も3横綱。

直近3場所をその3横綱が交代で優勝しており、しかも33歳輪島が直近とあって、それぞれ期待できるが、前の年春から3連覇の北の湖がやはり本命。

 昭和52年7月以来21場所横綱の優勝が続いており、場所中貴ノ花が引退したことで、優勝経験者は3横綱のほか、平幕の高見山だけ。それも9年前の話である。横綱昇進した若乃花、三重ノ海も昇進直前に賜杯を抱けなかった。高すぎる壁、しかも輪湖並立してはや6年。大関は勝ち越しがやっとで優勝争いどころではなく、停滞感も生まれてきていた。

 そこに突然現れた両関脇。千代の富士は2度目の三役で10勝して新関脇。隆の里は平幕で12勝、13勝と優勝争いに加わるほど勝ち込んで1年ぶりの関脇。そして前場所、共に11勝の星を挙げたのだ。千代25歳、隆の里27歳と若くはないがついに開花かと期待されて迎えた新年初場所だった。

 

この場所の成果

 千代の富士は14連勝で大関確定、千秋楽北の湖に全勝を阻止されたが、決定戦では雪辱を果たして見事な初優勝。ウルフフィーバーが巻き起こった。

 3横綱は北の湖が14勝ながら珍しく3場所連続でのV逸。決定戦は通算2勝4敗と克服したはずの勝負弱さが出たか。2横綱は10勝に終わって蚊帳の外。大関増位山も10勝。前の場所3勝12敗の乱調で貴ノ花より前途が危惧されていたが、昇進後初の二桁を記録した。なので決して追い込まれる立場ではなかったが、翌春場所途中に輪島と増位山は引退。一気に世代交代が加速。千代の富士は昇進を争う相手のいない一人大関としてわずか3場所の大関時代を過ごすことになる。

 隆の里は9番に終わり、大関取りは失敗。このあたりから、千代の富士に対して並々ならぬ対抗意識を燃やすようになる。

のちに千代の富士時代を彩る4大関は、それぞれ存在感を発揮。すでに大関候補だった東西3枚目の朝汐、琴風は揃って2横綱を破った。新入幕若島津はこの2人にも挑戦、朝汐を破って10勝で敢闘賞を得た。北天佑は中位で8勝止まりだったが、13日目に全勝千代の富士をヒヤリとさせる強烈な投げを披露して目を見晴らせた。

 

56年1月の世相

 冷戦末期。しかし徐々に雪解けに向かっていたわけではなく、54年のソ連アフガニスタン出兵に始まり、前年モスクワオリンピックを西側諸国がボイコット。俄かに東西陣営の緊張が高まっていた。一方で中ソを始め東欧諸国では制度矛盾を抑えきれなくなり、足並みの乱れはより強い抑圧を生んで、きな臭い情勢となっていた。

 一方で国内は依然55年体制にどっぷり。田中角栄元首相のロッキード事件での捜査が進んではいたが、鈴木首相の下自民党政権は安泰。オイルショック後の物価の混乱、それに伴う経済の不調からかなり回復してきていた。高度経済成長期は過ぎたとはいえ、国内需要の拡大はまだまだ見込める時代。団塊の世代がマイホームを求め、特に住宅需要は拡大しはじめ、地価高騰へ向かう。

 映画興行収入では、スーパーマンや銀河鉄道999あたりがなんとなく時代を感じさせるが、邦画2位にドラえもんがつけているあたりは今と何ら変わらない。

 テレビもカラーテレビは一般家庭でも当たり前になっていたが(主力は木製の枠でダイヤル式)、ビデオデッキは全普及とはいかず、この頃の生映像は貴重。協会公式のメイン映像も、おなじみのNHKの正面カメラと比べると、やや西寄り、若干下から見上げるアングルになっている。昭和50年代の取組映像はだいだいこの角度。色合いは鮮明とまでは言えない。黒、紺、紫の見分けがつきにくい。

 プロ野球では、前の年限りで王貞治が引退。長嶋監督も退任。日本シリーズは2年連続で、両リーグのお荷物と言われた広島ー近鉄のカード。その前の78年にはヤクルトが初優勝を飾っており、巨人V9の余韻も終わりを告げて群雄割拠の様相。57年からはパの西武が黄金時代を築くが、56年は空白期に当たり、絶対的な王者は不在だった。

 一方、ラグビーでは新日鐵釜石の連覇が続いており、相撲界もこちら同様安定の時代にあると見られたが…

 

初日

 前の場所、新関脇で11勝の千代の富士は、琴風を鋭い寄りで退けた。ちょうど大の苦手からお得意さんに代わるころ。前ミツ引いて十分になるまで、ややワキを空けて危うくも見えるが、出足を完全に止めているので余裕がある。

 その千代の富士以上に大関に肉薄していたのが、西関脇の隆の里。こちらも前の場所11勝。その前が平幕で13、12と勝っている。初日からベテラン青葉山を上手捻りでねじ伏せた。

 引退秒読みの貴ノ花は、巨漢舛田山に一方的に押し出された。舛田山もこの頃は前に出ている。

 増位山、パパ佐田の海が突っ込んでくるところ、張り手で止めつつ、固めて来た右肩を突き落としてサラリとかわし、ダイブさせた。

 北の湖、バリバリの大横綱が新年早々、格下相手に立合い変化。はたき込み。蔵玉錦はそれほど大敵か。貴ノ花に引導を渡すのだがー こんなもの現代の両横綱に見せたら悪影響だ。

 若乃花は巨砲に左差しを嫌われて右四つで食い下がられ、上手が遠かったが、投げで振って巻きかえに成功。相手も巻き返すが、これで左四つ右上手。形成逆転で一気に寄り倒した。

 前場所の覇者輪島は、魁輝の攻めをうまくいなして泳がせて勝負あり。強みは出せずも老獪。

二日目

 新入幕若島津、体格に勝る青葉城相手に、がっぷりで渡り合う。懐の深さ、四つ身の強さも発揮したが、下手相撲の癖が出て、みずから上手を離して自滅。

 

 北天佑は栃光の変化にも動じず圧倒。隆々たる体躯からほとばしる大物感。

 

 部屋の後輩に負けじと、続く相撲で闘竜も奮闘。栃赤城に押し勝って、右はずで後ろを向かせた。体力も十分。三保ヶ関王国が築かれそうな勢いだ。

 

 高見山は胸を合わせて蔵間を圧倒、鷲羽山はさすがの動きの速さで大潮を翻弄。

 

 お株を奪う猛突っ張りを見せる満山(のち嗣子鵬)に我慢を強いられた富士櫻だが、よく我慢した。反撃に転じて一気に押し出した。経験豊富な実力者が持ち味を発揮。

 

 意外に印象深いのが、天ノ山。巨体で出羽の花を押して運び、うまくいなされて土俵際で泳いだものの、相手が付け込むところ、落ち着いてタイミングを合わせて向き直り、受け止めて逆転。これも大物感がある。

 

 朝汐の突き放しにふっ飛ばされた佐田の海が土俵下、控えの千代の富士に突撃。当たりどころが悪かったらまた脱臼したりして、この後のフィーバーが起こらなかったかもしれない。ヒヤリ。千代に誤爆しかけた朝汐だが、実際は貴重な援護射撃をする。

 

 その千代の富士は、同い年の巨砲と激しく睨み合い。先手を取ったのは巨砲。より鋭く当たって先に左前ミツを掴んだ。そして鋭い出し投げ。反応良く千代の富士が残すが、尚も攻める巨砲。千代の富士は下がりながら辛くも上からはたき落とした。土俵に這った巨砲、拳を叩いて悔しがる。ライバル意識があったのだろう。

 

 左を深く差した貴ノ花は、攻めに攻めて鳳凰を寄り切ったが、絶対有利の形でもなかなか前に出られず、這々の体で一緒に土俵下へなだれ込んだ。

 

 黒姫山、デゴイチのぶちかましを炸裂させたかったが、輪島に止められて上突っ張りを繰り出すのがやっと。力なく後退した。

 

 麒麟児は猛烈な突っ張りで北の湖を押し込み、土俵際両手で止めとばかり突いてのけぞらせたが、まだ残り腰があった。体を開いて突き落とし。連日の引き技に首を捻る。

 

 若乃花は舛田山の突きを受けたが柔らかくしなって戻りながら両上手前ミツ。一気の出足、相手の引き足より早く左外掛けが繰り出され、見事決まった。

 

 前の場所で三重ノ海が引退して3横綱に戻ったが、直近3場所を交代で制しており、この場所の立ち上がりからも、横綱は誰が優勝してもおかしくないレベルで揃っている。とても時代の変わり目が来るとは思えない。

 

三日目

 播竜山は連日どうも流れが悪く3連敗。右から掬われて土俵際に詰まり、うまく回転して劣勢を脱して、右差しから右前ミツを引いて頭をつける形を作ったのも束の間、また右から返されて腰が浮いてそれまで。左ワキが甘すぎる。2年前の春に千代の富士の右肩を外した相撲が最も有名な力士。てっきり左からの攻めが厳しいのかと思っていたが。

 

 玉ノ富士も全盛期の豪快さからすると苦しい。前日は立合い変化。この日はよく粘って足を飛ばし、出てきたところを下手から出し投げ。

 

 出羽の花も元気がない。小柄ないに、豪腕で上手相撲のところがあるので、どうも深くはない懐に呼び込んでしまうようだ。最後は完全に腰が伸びて、変速相撲の栃光に正攻法で寄り切られた。

 

 栃赤城も休場明けやや下降期だからか元々の変則の範囲か、下手から入りたい若島津の左を抱え込むように何度も小手に巻いては振り、と随分ひどい取り口。結局若島津が左下手を引いたときに右上手を掴むと、普通に地力勝ち。前哨戦はなんだったのか。

 

 あの天覧相撲から6年、もはやお約束化していたであろう麒麟児ー富士櫻戦。両者ともあまり番付、立ち位置は変わらず取り続けている。期待に違わず激しい突っ張り合いとなり、富士櫻が右からおっつけて横を向かせ、背を向けて逃れようとする麒麟児を送り出した。のちの小錦ー舞の海戦しかり、こういうカードがいくつかあると、場所も間延びしない。

 

 のちに死闘を演じる隆の里ー巨砲戦も力の入った相撲になった。というか、力相撲になった時点で隆の里か。巨砲も玄人好みの厳しいおっつけから右差しに入ったが、上手を許しては苦しい。途中、巨砲の前垂れが垂れて、この場所初めて廻し待ったが入った。最近あまり見ない。

 

 大関時代を取り上げられることの少ない増位山。この場所は珍しく二桁勝つのだが、この日は朝潮の怒涛の就き押しをひらりひらりとかわしながら、いなしに泳いだスキを逃さず反撃、一気に決めた。

 

 前の場所小結にあった二所のホープ・鳳凰。立派なしこ名に違わずどっしりとした尻まわりが印象的だが、この日は若乃花にいきなりもろ差しを許しながら、出鼻を右の肩越しからの掛け投げを仕掛けて投げ切った。若乃花、非力露呈の一番。

 

 続く一番では輪島にも土。琴風の出足をうまく止めて左下手、次いで右上手、膝を触りながらの出し投げで崩すあたり、さすがの技巧、と見ていたら、琴風の出足を呼び込んでみるみる後退。うっちゃりを試みるも、琴風のめりながらも流れる左足の外側を俵にうまく当てて一踏ん張り。体が割れずに寄り倒しの勝ち。得意の左四つ両回しを引きながら、1つのミスで敗れるあたり、いよいよ輪島の限界か、それとも琴風の馬力が目を覚ましたのか。

 

 両横綱が金星を許す波乱があっての結び。北の湖は魁輝の突き押しを受け止めて、浅く二本覗かせると、巻き替えに乗じて出て、捨て身の突き落としにも体を浴びせて押し出した。前のめりに落ちて、この日も首を捻る。本調子とはいかないが、横綱総崩れは防いだ。

四日目

 十両の大旺が初登場。細身ながら播竜山のねちっこい押しを残して肩透かしで体を入れ替えた。

 

 高見山は番付を落としているが、栃光を電車道で運ぶあたり、馬力は健在。この相撲で初土俵以来の連続出場が史上1位となった。

 

 玉ノ富士はまた変化で左上手を求めたが果たせず、右上手左ハズ、珍しい「割り出し」の使い手らしい形になったが、力比べでは負けない出羽の花に懐に入られて後退。どうも元気がない。

 

 未完の大器・蔵間は、未来の大器・北天佑と真っ向勝負。左前ミツを許したが、巻き替えて左四つに。下手から振るのにも動じず、前に出ながら右外掛け気味に浴びせ倒した。地力の高さを見せた。

 

 鷲羽山も新入幕若島津相手にさっともろ差しに入ったが、悲しいかな懐の深さの違い。しつこく下手を捕まれ、撹乱しきれなかった。

 

 荒勢は出足炸裂で押出。富士櫻も物言いがついたが、押し勝った。

 

 昨日殊勲の鳳凰、この日も右からの小手投げで豪快に大潮を転がした。強い。

 

 天ノ山は満山と突っ張り合いになったが、馬力勝ち。

 

 栃赤城は珍しくいきなりもろ差しを果たし、両肘を張って一気に出た。前日と打って変わって無理、無駄のない取り口。黒姫山はどうも今場所ぶちかましが不発。

 

 朝汐は突き押しで出たが、蔵王錦に左差し右上手を許すと、あっけなく土俵を割った。

 

 千代の富士は青葉山の立合い左変化からの上手投げの奇襲を受けたが、グッと踏ん張って堪えると、下手投げを打ち返して転がした。投げは食わない抜群の足腰。 

 

 隆の里は全く手を降ろさずいきなりの叩き。これは不発も結果的に佐田の海を捕まえて寄り。土俵際前のめりで際どかったが、物言いつかず。

 

 貴ノ花は、魁輝の立合い左のどわにみるみる後退、力なく土俵を割った。2勝2敗。

 

 琴風は増位山の立合い張差しに二本入れられたが、両上手。内掛けから掛け投げを残して出ながら巻き替え。増位山独特の右の深い上手からの投げにも足を送り、右前ミツ取って勝負あり。

 

 北の湖は舛田山をあっさり捕まえ、右を返して寄り切り。

 

 若乃花は左肩から当たって麒麟児をすぐにもろ差しに組み止めて吊り寄りで一方的に。

 

 輪島は巨砲の低い攻めに苦しみ、さらに左巻き替えられモロ差しを許した。しかしここから両上手で凌ぐ。一枚回しは待ったがかかるほど伸び切っていたが、よく我慢して機を見て強引に振り回す。ついに巨砲が出ようとするところ、無理やり引き上げて体を入れ替え、浴びせ倒すように倒した。2横綱、連敗はせず。

五日目

 十両若獅子が登場、やはり目が細い。連敗続く播竜山が連日の十両戦を組んでもらったが、小兵相手に必死の押し合い揉み合い、引いてしまって懐に入られて力尽きた。

 

 栃光、黒瀬川反撃に出るハナを引き技を続けて決めた。

 

 若手同士、北天佑は突き押しで攻めたが、何とか食いつきたい若島津は粘って土俵際周りこんで送り出し。

 

 栃赤城は今日は突き押し速攻で玉ノ富士を下す。

 

 出羽の花は右小手投げで大潮を転がしたが、なぜか足を踏み越しており、大潮もびっくりの勝ち名乗り。

 

 鷲羽山、闘竜の突き押しを受けるが、引きに乗じて反撃。しぶとく食いついて寄り切った。小兵の鏡のような相撲。

 

 高見山は天ノ山との巨漢対決、先に左四つで押し込まれたが、残して反撃に転じると一日の長があった。

 

 鳳凰はすぐに右四つがっぷり。ソップ型の満山との吊り合いから、右を上手に持ち替えて押しつぶした。力強い。

 

 蔵間は突っ張りから左四つ右上手。青葉山を完全に封じて寄り切った。

 

 佐田の海を富士櫻の突き押しに防戦となったが、うまく引き落として初日を出した。前日はやはり誤審?悔しそうなコメントを出している。

 

 朝汐、この日は舛田山を一方的に押し出す。

 

 琴風が挑むは、関脇隆の里。張り差しから差し手争いに持ち込まれたが、焦れた隆の里が左を引っ張り込んだところ、攻勢に出てがぶり一閃、寄り切った。

 

 蔵王錦、今日は増位山を圧倒、張り差しに構わず前に出て、左を深く差して寄り切った。前進力が光る。増位山、土俵下からジャンプで戻る。良くも悪くも動きが軽い大関。

 

 貴ノ花は麒麟児の突っ張りを何とか跳ね除けようとするが防戦一方、両足とも宙に浮いて土俵を飛び出した。黒星先行。

 

 千代の富士は横綱戦第1R。突き放してきた輪島に、しぶとく食いつく。横綱得意の左四ツだが、右腰に食いつき、寄っておいて右から出し投げ気味の上手投げを続けると、輪島たまらず土俵に崩れ、2敗。千代は全勝を守った。

 

 北の湖は黒姫山の突っ張りを受け止めて、組み止めると一気の寄り。内容が上がってきた。

 

 結び。若乃花は右左と前ミツを取り、抵抗する魁輝を理詰めで慎重に寄り切った。

六日目

 大関貴ノ花最後の一番。抵抗らしい抵抗もできずに簡単に押し出され、同じような負け方で3連敗。蔵玉錦もこの場所調子はいいが、この調子では休場は必至。しかし、もはやこれまでと引退を決断した。1年前に7勝8敗で負け越しを喫したが、以降二桁には乗らないが勝ち越しを続けていて、角番でも角番を繰り返していたわけではない。それでも自身で限界を察して、潔い引き際だった。昨今の大関にも少しは見習ってもらいたい。その後、翌場所の増位山、朝潮、北天佑、栃東が角番以外で引退しているが、ごく少数だ。

 

 全体に立ち合い変化が目立つ。両手をつかない時代なので、一度当たってすぐ動くのも多い。それもあって好調力士の敗戦が目立った。あっけない相撲は今も昔も一緒。

 

 出羽の花、鉄の爪が威力を発揮、両前みつ取って強烈に引きつけて力勝ち。

 

 富士櫻は天ノ山の左四つの寄りにタジタジだたが、土俵際これしかないという突き落とし気味の小手投げを打ち返して逆転。

 

 巨砲、舛田山の突っ張りに耐えつつ、うまく差して寄り切り。

 

 千代の富士は魁輝に左を固められたが構わず右上手前ミツ取ってよく攻め、この日も相手の差し手が極まるような出し投げ気味の投げで切って捨てた。6連勝。

 

 増位山は、隆の里と互いにフラッと立つ。そして徹底して組ませない策に出た。我慢し切れずまともに叩いたところを付け入った。出足に頼らない相撲同士とはいえ、両者足を止めて差し手争いをしているあたりは、現代ではあまり見られない光景だ。

 

 若乃花は黒姫山に猛然と突っ張らせておいて、捕まえて慎重に寄り切った。横綱相撲で1敗を守った。

 

 輪島は朝潮の辺りを受け止めたかと思われたが、さっと引かれるとバッタリ。足腰が弱っているのか。早くも3敗、五分の星。

 北の湖は張り差しで左四つに組みとめた。こうなるといかに琴風でも何も出来ず、あっという間に寄り切り。全勝をキープ。

七日目

 栃光-満山は、なかなか激しい突っ張り合いになった。最後は何度目かの叩き込みを決めて栃光。

 

 黒瀬川は左四つで、荒瀬のお株を奪う速攻の寄りを決めた。2勝目。

 

 正攻法の目立っていた栃赤城、この日は天ノ山に足を飛ばしたりいらんことをしまくった挙句、呼び込んで墓穴。

 

 黒姫山は上位戦であまりいいところがなく、この日も魁輝を押し込めなかったが、左四つ右上手でがぶって出た。出足相撲ばかり見せられるが、晩年期はこういう相撲もあった。

 

 引退を発表した貴ノ花に報いたい弟弟子の隆の里は、立ち合いすぐに両回しを引きつけ一遍に持っていった。連敗ストップ。

 貴ノ花に後継者と目された千代の富士も、立ち合い左、さらに右と前ミツを掴むと強烈に引きつけて、下手人蔵玉錦を鎧袖一触、真っ直ぐ持って行った。

 

 1人大関となった増位山、右肩から入って、出足を駆って出てきた舛田山を、土俵際で体を入れ替えて簡単に寄り切った。

 

 善戦を続けている巨砲、北の湖に挑み、低い体勢で頑張ったが、叩きから引っ張り込まれて劣勢、最後は背中を見せて逃れようとするも、送り出された。

 

 若乃花は琴風に左四つに組みに行ったが、右前ミツ狙いの相手に左を差せず諦めて左上手を探ったが、右も差せず苦しい体勢。十分の形で引きつけて出る琴風になすすべなし。がぶるまでもなし。2敗。

 

 結び、苦しい星の輪島に対し、佐田の海は当たりながら右を差し勝つと、ここが勝機とばかり強引に一気に寄ったが、さすがの横綱、左上手からでも投げがある。豪快に投げ捨てた。

中日

 懐に飛び込んだ若嶋津、廻しに拘らず、体ごとぶつけて玉ノ富士を押し出した。

 

 大潮左差しの寄りも、回り込んだ栃光が小手投げ。

 闘竜は突っ張りから右差して寄ったが、満山が小手投げ。

 出羽の花は前ミツ引きつけて一気に黒瀬川を寄り切る。

 鷲羽山左突きつけて出たが、栃赤城一流の二段構えの小手投げ。今日はやたらと下がりながらの小手投げが決まる。

 

 不調同士。播竜山は左変化に活路を見出したが、荒勢右四つでがぶって一気。

 

 富士櫻、蔵間が捕まえようとするが、突貫小僧の勢いが勝ち、体当たりからの突き放し、押し込んで突き落としが決まる。

 引っ張り込んだ高見山が出ようとするが、今場所冴える鳳凰の右に投げ転がされた。下手でも関係なし。

 

 北天佑、下手投げで振って残すが、天ノ山に右上手でグイグイ出られて完敗。

 

 黒姫山、突っ張りからの引きで青葉山を下した。

 

 蔵玉錦、お株を奪う前ミツ寄り、しかし残した琴風が反撃の寄り、たまらず腰から落ちた。

 

 佐田の海はケンカ四つの魁輝に浅い双差しを果たすと、右を深く入れて突きつけて寄り切った。

 

 千代の富士、麒麟児の突っ張りに下がらず、左右で前ミツを探りつつ、一気に出て圧倒。先場所に続きストレート給金。

 

 増位山、難敵巨砲に右差し許すもこれを嫌って半身に構え、タイミングよく伝家の宝刀右内掛けを決めた。

 

 輪島は舛田山の突き押しをサッと体を開いてかわし、突き落とした。5勝目。

 

 北の湖は隆の里におっつけ合いから突き押し空振りで双差しを許したが、下がりながら左を巻き返すと、また巻き替え合いから右四つに変わったが、構わずさっと寄り切った。中日勝ち越し。

 

 右で張るような牽制の動きから朝汐を組み止めた若乃花、機を逃さず一気に寄ると、朝汐右巻きかえるも残り腰なく土俵を割った。2敗死守。

九日目

 十両の豊山登場。左四つから右巻き替えて双差し。播隆山の巻き替えは許さず攻勢に出て、吊り気味に寄り切った。輪島とは学生時代に好敵手、同じく新潟から東農大に進んだ先代から四股名を譲られたことでも期待の大きさが窺えるが、小結を最高位にこの時はもう晩年期、十両にあった。まだ十分動けている。

 もう一人十両から登場は飛騨ノ花。突いてから右差して出ようとしたが、栃光に逆に左を差し込まれ速攻に屈した。体格の差が出た。

 

 若嶋津はモロ差し、両下手を引きつけたが、高見山が相手では分が悪い。極め上げられて土俵際で体が入れ替わった。まだ地力不足。

 大潮は立ち合いの突き上げで黒瀬川をのけぞらせ、慌てて前がかるところ叩いて泳がせ、振り向くところトドメ。

 闘竜の突き押しを堪えて左前みつの出羽の花、上手出投げで這わせた。お見事。

 北天佑は、突き押しで満山を圧倒。

 

 蔵間は玉ノ富士と右と左の差し手争いで足を止め、牽制しあっていたが、相手が突っ込んで来たところを叩いて決めた。

 富士櫻は栃赤城を、天ノ山は鷲羽山を、麒麟児は魁輝を、それぞれ突き押しで一方的に攻め切った。

 

 荒勢は黒姫山と右四つに組み合うが、この形ならがぶって出られる。やっとらしさが出た。

 舛田山は突っ張って突っ張って、やや大振りの隙をついて佐田の海が懐に入りかけたが、十八番の叩き込みで沈めた。

 

 次の大関を狙う世代同士が2番。

 巨砲ー琴風は、右を差し勝った巨砲が、ぐいと吊って出て勝利。

 朝汐の突っ張りを凌いで右四つに組み止めた隆の里有利かと思われたが、体を開いての突き落としが決まり、朝汐に軍配。

 

 千代の富士は大関増位山に挑む。立ち合い突っ掛けあって3回目。素早く左前ミツ。増位山も右差し手で向こう側の右腕を取るなど牽制したが、千代の富士は我慢して頭をつけ、右で渡し込むように牽制すると、引きつけて一気呵成に寄り切った。

 

 若乃花、張り手から右上手早く、差し手は嫌われたが、上手投げで振り回してからの寄りで制した。

 輪島は青葉山に右四つになったが、右返して左上手を引きつけると、一方的に寄り切り。

 北の湖も鳳凰を右四つ速攻で寄り切った。

 3横綱ともに左四つだが、必ずしも左が入らなくても問題なく捌ける。当たり前ながら感心。

十日目

 優勝争いは、全勝北の湖、千代の富士を2敗若乃花が追う。輪島は3敗と遅れを取っている。

 この日、全勝の2人とも嫌な相手。千代の富士は、対戦成績で負け越している隆の里。しかし、この日は右前ミツを掴んで隆の里十分の左上手を封じ、前へ。隆の里が左を抜くと、すかさず右を深く取り直して、傾くところを下手投げ。相四つの相手を完璧に封じた。

 一方、北の湖は昨年2度敗れた朝汐。突き押しを許さず右四つに組み止めた。いつもと逆ながら、朝汐も根は左四つ。こうなれば抵抗も知れていると思いきや、左からの突き落としに、横綱は左足の送りが遅れてつんのめる。朝汐も土俵外へ飛び出して物言いがついたが、やはり横綱の落ちるのが早かった。朝汐は今場所2つ目の金星で、3敗に残っている。

 遂に千代の富士が単独トップに躍り出た。

 

 若乃花は佐田の海の速い寄り身に後退したが、得意の左差し右上手を取って寄り戻し、再度出ようとするハナを捻りを効かせた上手投げ。コマのように回った佐田の海は、目を回したか一瞬誤って正面土俵へ戻りかけた。若乃花も少し可能性が出てきた。

 今場所初の横綱大関戦は、3敗同士。輪島が増位山と前捌きの応酬の中で鼻をぶつけたようだが、得意の左四つに持ち込むと、両回しを引きつけ吊り寄り。軽量大関なすすべなし。

 

 そのほか、印象に残った取組。

 立ち合いで左ハズが入った播竜山、右もおっつけて一気の攻め。十両の神幸を退けてようやく片目を開けた。この場所、幕尻で不成績とはいえ、8人もの十両力士と当てられた。この神幸、前年苦節14年にして新入幕を果たした苦労人。この場所5枚目で負け越すも、なぜか幕内と当てられた。

 北天佑は、猛然と突っ張って出羽の花の前まわしを切るが、なかなか距離を取れずに引いて寄り切られた。思い切りは良いが淡白な面が見られる。

 富士櫻の突っ張りにまわしの引けない若島津だったが、よく残して手繰り、最後押し込まれたが、しなって残して突き落とし。バネのあるところを見せた。

 琴風は巨漢天ノ山にも構わずがぶって出て、最後は体を預けた。

 

 熱戦枠は、やはり巨砲。麒麟児の突っ張り、はたきを耐えに耐え、最後再び突いて追い詰められたが、間一髪突き落とした。

 鳳凰は強引ながら、冴える右からの投げで蔵玉錦を転がした。

 大潮、頭から猛然と当たって左を差すや、腕返して右へ逃れる闘竜を一気に寄り切る。40歳まで現役で、大横綱を抑えて通算勝利数1位に達した息の長い力士、33歳時にこんな速攻があったのかと目を見張らせる相撲。

十一日目

 全勝千代の富士、昨日北の湖に土をつけた同門同い年の朝汐との一戦。立ち合いやや高く、ハズ、喉輪押しを浴びて後退。右差し、左で抱えて朝汐が勢いで攻め切ろうとするところ、左からの突き落としで辛うじて逆転。朝汐は7月にも北の湖に土をつけて千代の富士の優勝をアシスト、11月は決定戦で直接対決に敗れるなど、この年のウルフフィーバーの引き立て役となる。援護射撃と言いたいところだが、選挙人の少ない高砂一門において、のち年寄りとしての争いでも自分の首を絞めることになった(実際には朝青龍問題までは先に理事になっていたが)。

 

 1敗北の湖には、天ノ山。先に上手を許したが切って膠着。こう見るとよく似た体型。しかし技量は横綱が数段上手。すぐに上手を切ると、相手が右を巻き替えるところに左出し投げ。見事決まった。巻き替える瞬間に打つと、あっけないほど上手く決まる出し投げは、名人力士の奥義。これをこともなさげに繰り出してくるあたりが大横綱。苦笑いの天ノ山、上位でもそれなりに取っているが、毎年十両に落ちており、不安定なまま結局三役には至らなかった。

 

 2敗若乃花は、富士櫻の突っ張りに苦しんだ。富士桜は右肩から当たり、常に右脇を固めて突っ張る。捕まえきれず、遂に防戦一方となって後退。はたきを食った。差し手をおっつけるのではなく、堂々と固めて当たっていくのも有効だった。若乃花、脱落必至で、ほぼ2人に絞られた。

 

 輪島はマラソン立ち合いの隆の里にどうやったら注文相撲を決められるのか。突いてからさっと叩き。

 増位山は、鳳凰と右四つに渡り合い、土俵中央左を巻き替えた瞬間に上手になった右からの投げでそのに這わせた。マジックのような瞬間芸。

 

 北天佑は、出足の琴風に体当たりからの突き押しで先手を取り、突き落としを決めた。

 すぐに二本入った佐田の海は止まらずに荒勢を寄り切り。

 蔵玉錦は前半戦の元気を失いつつあったが、この日は麒麟児に当たり勝って、突っ張りを繰り出せない間合いに持ち込んで一気に押し出した。

 高見山は勇んで出たが、出羽の花に叩かれ足がついていかなかった。

 

 

十両力士チェック

 玉輝山は、押し合いから右四つに組み勝つと、右腕を返して突き付けるように播竜山寄り倒した。前年新三役となるが、直後に負傷休場もあり十両転落。この場所は筆頭だったが勝ち越せず、以後幕内に戻ることはなかった。たまのうみ二世と期待されるだけの右四つの力強さはあったが。

 岩波は、突き押しで攻めたが黒瀬川の反撃に一気に押し出された。小粒ながら小気味の良い突き押しを展開も、幕内上位までは届かず。新入幕後も本名岩下で取り、前の年まで照の山を名乗っていた。この場所で再入幕を果たすも、11月が最後の幕内土俵となる。

十二日目

 全勝千代の富士は、3敗の横綱若乃花と。喧嘩四つだけに、右肩と左肩の当たり合う。千代の富士は右で押し込んで、横綱相手でも差し手にこだわらず、右上手前ミツに切り替える。軽量の関脇が両上手、懐の深い横綱が両下手を引き合う。普通なら横綱有利だが、しっかり相手に顎を押し付けて浅い上手を惹きつけているので、窮屈そうなのは横綱。土俵中央で膠着。機を見て仕掛けたのは千代の富士。右で外掛けを飛ばしてそのまま一気に寄り倒した。輪島に続いて横綱を食い、12連勝。

 

 1敗北の湖は、右四つの青葉山にあえて左上手狙い。しっかり組み止めると、右を返して掬い投げ気味にねじ伏せた。あまり元気がないと見るや、相手四つでも簡単に上手を取れる方を選ぶ安全策。この場所は右四つの北の湖が多く見える。円熟の味。1差は変わらず。

 

 3敗輪島は、蔵玉錦をあっさり左四つに組み止めてじっくり料理。しかし残り3日ではほぼ連覇は消滅だ。

 

 最強横綱と関脇にほぼ絞られた優勝争い。本来なら終盤戦に入ったあたりで対戦が組まれているはずだが、そこに運命のいたずらがあった。

 終盤戦の割は、番付最上位の力士を基準に番付順に組まれていく。この場所の東正横綱は輪島。千秋楽は西横綱と、14日目は張出横綱、13日目は東大関、12日目は西大関といった具合で、ここまではどの時代もほぼ固定だ。

 したがって千秋楽は西横綱だが、この場所は若乃花。大横綱北の湖は珍しく張出横綱だった。

 ならば北の湖は大関戦が組まれるはずだが、東の貴ノ花が引退。さらに西の増位山は同部屋。したがって東関脇の千代の富士戦が最後に組まれることになる。貴ノ花引退の余響が、世紀の大一番をもたらしたのだ。後継に千代の富士を残したというのはマスコミの創作臭いと疑っているが、まんざら嘘でもないと思える運命的な偶然である。

 

 高見山は大潮に左差し許すも関係なし。圧力で勝って前に出ると、たまらず大潮尻もち。

 

 黒瀬川、地味ながら復調傾向。闘竜に押し込まれたが、得意の左四つ右上手を取って踏ん張ると、引きつけて反撃、一気に寄り切る。22歳闘竜、減速。

 

 若島津は満山にもろ差しを許したが、強引な投げで潰す力強さを見せた。細身の体で奮闘、ポスト貴ノ花として期待を背負う。

 

 富士櫻は北天佑を一方的に押し出す。尻上がりに調子を上げ、突き押しが冴えている。

 

 栃赤城は左差し右前ミツで食い下がる形から、異様に左足を踏み込んでの切り返し。真後ろにもつれるように倒れたが、面食らった鳳凰が先に裏返った。

 

 栃光はうまく宛がい、麒麟児に突っ張るスキを与えず完勝。この人も下位とはいえ調子を上げてきた。

 

 朝潮は出羽の花に右差し左前ミツを許してガブッて寄られて俵に詰まったが、ぐいと堪えて右へうっちゃり。体は割れなかったが、軽量の相手は大きく吹っ飛び、物言いもつかず。大ちゃんの意外なうっちゃり腰を披露した。

 

 蔵間は琴風の出足に下がったが、左四つ右上手を取ると、懐の深さが活きて引きつけて反撃。琴風踏ん張ろうとするも、たまらず土俵を割った。さすが実力者。

 黒姫山は左へ変化し、突っ込む佐田の海の肩口を突き落とした。

 

 鷲羽山、巨砲をタイミングよく引き落として崩し、飛び込んで足を取って体を預けた。

 荒勢も当たってすぐにいなすと、魁輝はあっけなく土俵を飛び出した。

 

 隆の里は、舛田山を張り差しで止めようとしてこれは不発だったが、まわしを探りつつ前に出て寄り切り。

 

 増位山相手に叩きを見せた天ノ山、大関を前のめりにしたが、これは相手のペース。増位山、何とか回り込むと、引き技の応酬、機敏さの勝負となり、連続の肩透かしで這わせた。

 

この日の十両力士

 大錦登場。左相四つの播竜山と組み合い、どうも勝ち味が遅いが、右からいなしておいての押しで決めた。新入幕で三賞独占したのも8年前。直近2年は幕下にも陥落するなど幕内から遠ざかっていたが、この場所11勝で復帰すると、翌年にかけて金星4つを獲得する。重度なエレベーター力士だった。

 太寿山、本場所2度目の登場、右差した玉ノ富士に寄り切られた。しかしこの場所は勝ち越して再入幕を果たすと、急成長で九州では関脇に上り詰める。

十三日目

 前半戦の取組は、玉ノ富士、栃光の立合い変化ほか、簡単に決まる相撲が多かった。星勘定して結果にこだわる時期なので仕方ないが、好勝負もあった。

 

 朝汐と若島津、のちに楽日相星決戦もあった大関対決となるカード。前ミツ狙いから体を預けた若島津が、低い姿勢で一気に出たが、土俵際で叩かれて縺れ、取り直し。2度目も突っ張りを掻い潜り、ガッチリ両廻しを取って攻め続け、ついに寄り切った。朝汐は2横綱を倒しながら、新入幕に敗れた。

 

 鷲羽山は魁輝の両前ミツを取って拝み、左右に動きながら必死に攻めたが、一枚回しが伸びてなかなか決めきれず。体躯を活かして反撃に出た魁輝、相手が回り込むところを右を突きつけて際どかったが、寄り倒した。

 

 後半に入ると、鷲羽山が大きな魁輝を右前ミツを軸によく攻めていたが、強引に持っていかれて必死にうっちゃろうとするも 、惜しくも体が割れずに下になって倒れた。

 増位山は蔵間の攻めをうまくかわし、得意の右上手半身の形に。狙い通り、体を開いて内から足も払うようにして投げ、這わせた。いわゆる「引きずり投げ」の一種か。

 圏外の輪島だが、好調富士櫻の押しを受け止め、まわしを探りながら前に出る。

 

 さて、優勝争い。

 千代の富士は立合い北天佑の右喉輪に少し下がるが、左前ミツ取って踏ん張り、逆襲。右も前ミツを掴む。引いて向正面に詰まった北天佑だが、右、左とまわしを取って何とか堪えると、両まわし引きつけてうっちゃりから右下手投げ。被さり気味だった千代の富士は大きく傾いて左足が浮き、左上手投げで返すもそのままひっくり返されるかに思われた。ところが、右足一本で驚異的なボディバランスを発揮。相手側に体重をあずけて寄り倒した。勝ち名乗りを受け、土俵下思わず苦笑いで柄杓で水を含んだ。

 負けられない北の湖はこの日から対横綱連戦。狙い通りすぐに右上手。左四つに組み合い、じっくり構える。若乃花もさるもの、上手を切って逆に自らは上手取って有利に。だが右から上手投げで振ったのが失敗で、ついていった北の湖が下手から押し付けるような投げを返すと、たまらずひっくり返ってしまった。北の湖独特の投げの残し方と、直後の独特の投げ。

 両雄譲らずデットヒートの様相。残り2日へ。

十四日目

 十両から三杉磯登場。のちの峰崎部屋師匠。2年半努めた幕内から故障休場で落ちたばかりで、番付は十両6枚目。しかも6勝7敗と昇進の目はない。以前書いたように播竜山ばっかり十両と当てるせいで、相手がいなくなっての数合わせか。入替戦の要素がないのは14日目の編成としては好ましくない。播竜山が一方的に押し出してようやく2勝目。

 

 東十両筆頭太寿山も6勝7敗だが、こちらは連勝すれば入幕だ。相手は下に1枚で既に9敗の闘竜。序盤まずまずだったが、中日から連敗中。太寿山、得意の右四つ左上手で前進し、残るところを上手投げで潰す快勝。

 

 玉ノ富士両手で突くと、足が揃った栃光、滑ってバタリ。凡戦だが玉ノ富士勝ち越し。

 

 栃赤城、高見山の突き押しをあてがいつつ、左腕を両手で掴むと、代名詞の逆とったり。土俵中央から向正面まで、自ら背を向けたまま走って俵伝いに回り込むと、高見山ついていけず腕も極まって転倒。物言いつくも、踏み出しなし。世にも奇妙な自分から仕掛ける逆とったり。偶然ではなく、稽古場で磨いた技である。後継者は現れないものか。

 

 鷲羽山に食いつかれた北天佑。俵に詰まって回り込みながらの上手投げ、昨日千代の富士には返されたが、この日の相手は軽かった。

 

 もろ差しで走って得意の左を返した大潮も、土俵際荒勢の小手投げを食ったかに見えたが、荒勢の足が出ているのを審判が指摘。軍配覆った。

 

 突っ張りから叩き、もろ差しに入った黒姫山、既に負け越しも3連勝と帳尻を合わせてきた。満山は前半のしぶとさが発揮できず、4連敗で10敗目。幕内残留が厳しくなった。

 

 東3枚目朝汐は2横綱食って殊勲賞濃厚も、三役復帰に向けて勝星を上積みしたいところ。左を差して寄ったが、懐の深い蔵間に上手を許し、余裕を持って投げられ連敗。

 

 西3枚目琴風も2横綱破り、前日勝ち越しとよく似た状況で、三賞、三役に向けて星を積み上げたい。昨日朝汐を破った新入幕若島津に左下手右前ミツ許すも、自らも両まわし引きつけ胸を合わせば馬力に勝り、寄り倒して9勝目。一歩リード。

 

 右差し速攻得意の両者、先に黒瀬川が攻めたが、佐田の海は差し手を手繰って回り込むと、左を巻き替えて逆襲の速攻寄り。この場所何度か左差しの速攻も披露した。黒瀬川4日粘ったが負け越し。

 

 7敗と後がない両者の対決。巨砲は左差し、右は固めて当たった。すると天ノ山は右で強引に抱えて小手に振る。すかさず基本通り体を寄せた巨砲、左外掛けで体を預け、重ね餅。天ノ山は5連敗で負け越し。

 

 青葉山、立合い前に足を運ばすその場で素首落とで5勝目。蔵玉錦あっさり落ちて3連敗。

 小結舛田山、回転良く突っ張りを繰り出したが、全く足が前に出ない。麒麟児が屈んでかわしてモロハズで逆襲に出ると、あっけなく腰から落ちて土俵下へ。あっけなさ過ぎて麒麟児も勢い余って土俵下へ飛んで行った。共に5勝9敗。

 

 鳳凰、いい角度で当たって右で浅い上手を取ったものの、モロ差しを許して右も切られた。ままよと右で首に巻いて伸しかかって外掛け。さらに首捻りを合わせると、小結魁輝はサバ折りでも食らったように膝から落ちてしまった。怪我はなさそう。

 

 さあ、千代の富士。突き押しの富士櫻に対して強く踏み込むと右は抱えるように外から捕まえて突きを封じ、前ミツを探りつつ前に出て、もはやまわしは不要と押し出した。14連勝で初優勝に王手。

 

 西関脇隆の里、もろ差しを果たして前に出ると、出羽の花巻き替えるも既に後ろに土俵がなかった。隆の里は勝ち越したが、どちらが上がってもおかしくなかった大関には、千代の富士に先行されそうだ。

 

 輪湖対決。例によって左四つに組み合ったが、終始北の湖が先手を取る。機を見て左を抜いて頭を抱えて右上手投げ。輪島も下手から打ち返して踏ん張るが、再び組み合うと北の湖の左差しは深く入り、さらに腕を上げられるとさすがの輪島も残り腰がなかった。1差を守り、千代の富士との楽日決戦へ。

 

 結びは3連敗中の若乃花に増位山が挑む。左四つから先に上手を取ったのは増位山。しかし決め手なく、若乃花は左下手を結び目の向こうまで深く取り。それに近い位置の上手を掴む。一枚まわしが伸びたので届いた。増位山は左ハズでこれを切ったが、これが裏目で半身になったところを左足を踏み込んで切り返し気味に圧力をかけると、増位山たまらず仰天。覆いかぶさらなかったが、決まり手は浴びせ倒しになった。

千秋楽

 色々千秋楽。色々書き方を試したが、大一番に向けて興奮を追体験するべく、時系列で振り返る。

 この年で二子山部屋の大旺、今場所2度目の登場。闘竜相手に左へ動いて上手を取ると、寄って出て上手投げ。22歳闘竜は半身で何も出来ず、8連敗で場所を終え、十両陥落必至。変調でもあったか、後半急に全く元気がなくなった。

 

 高見山は左で極めて相手の動きを止めたが、玉ノ富士徹底して右差しを嫌い、高見山、右で首に巻いて力ずくで極め出そうとしたが、外されてばったり。5連勝スタートも8勝止まり。

 

 十両の岩波、突っ張り、突き放しで満山を一方的に攻め切った。入替戦の要素があり、満山は5連敗で陥落確定の11敗目。岩波は3枚目で9勝目。4枠目の幕内昇進切符を確実にした。勝敗逆だと、微妙なところだったかも知れない。

 

 立ってすぐ左前ミツの出羽の花、これを命綱に攻めたが、半身に構える栃赤城を完全に封じることはできず、スピーディーな展開に。出し投げから寄ったところを小手投げを食った。出羽の花4連敗で負け越し。栃赤城は公傷明けを9勝で終えた。当たり前だが同門といえど容赦なし(7-7が絶対勝つという都市伝説があるので敢えて...)。

 

 栃光は突っ張って鷲羽山を一方的に押し出し、10勝目。負け越しが続いていたが、まだ下位なら大勝ちできるところを見せた。

 

 若嶋津は天ノ山に左四つ右上手を許して体力負け。一気の寄りに俵を踏み越した。天ノ山7勝目。若嶋津は最後に連敗したが新入幕で10勝、敢闘賞獲得。

 

 麒麟児の突っ張りを胸で受け続け、いつも以上に唸る荒勢。タイミング良くはたき落とした。両者とも5勝10敗と不振。

 

 デゴイチ黒姫山に対して、逆に黒瀬川が電車道で寄り切り。立ち合い左四つに組み止めて一気で7勝目。黒姫山はぶちかまして出る迫力の相撲が見られず10敗目。全盛期のイメージではなかった。

 

 東西3枚目、のち優勝決定戦も戦う両者の対決は、琴風が左四つ速攻で圧勝。琴風が三役復帰を確実にする10勝目。2横綱1大関を破っているが、三賞はなし。朝汐は最後に3連敗で三役も厳しく、北の湖に唯一の土をつけるなど2横綱撃破も、こちらにも殊勲賞は来なかった。

 

 青葉山はいきなり叩きに行って大潮について来られて自滅。前年の活躍から打って変わって惨敗が目立ち5勝10敗。大潮は4連敗スタートから尻上がりに調子を上げて速攻も見られ、勝ち越しにたどり着いた。

 

 十両力士との対戦の方が多かった幕尻播竜山は、いきなり2枚目の佐田の海戦。しかも、左おっつけから突き落としと崩し、モロ差しに入って一気に寄り切る今場所随一の相撲で3勝目。佐田の海4勝11敗。あまり実力と番付がリンクしない過渡期らしい光景というか、何と言っていいか。

 

 左前ミツの巨砲は、技能的な出し投げで北天佑を下した。善戦しながら黒星専攻だった前頭筆頭の巨砲は遂に勝ち越し。三役復帰を決めた。北天佑は8勝止まり。

 

 蔵玉錦、左四つで胸が合ったが終始前に出て魁輝を寄り倒した。蔵玉錦は出足良く増位山、貴ノ花を連破。超人気大関最後の相手として名を残したが、翌日から2勝7敗と急失速。ファンから連日嫌がらせでも受けたか?同じく貴ノ花に勝った魁輝は3勝に終わって三役陥落。

 

 やはり三役陥落が決まっている舛田山だが、立ち合い左へ飛んでいなし、鳳凰の振り向きざま押し倒し、5勝目。鳳凰、若乃花らを投げた豪快さは印象に残ったが、星は挙がらず6勝9敗。

 

 蔵間得意の左四つになった隆の里だが、左の返し右の引きつけと力勝ち。掬い投げに転がした。両者9勝。隆の里、来場所かなり大勝ちすれば大関もあるが、6敗は痛かった。

 

 三役揃い踏み。東から富士桜、北の湖、輪島。西は増位山、千代の富士、若乃花。

 

 右のどわで押し込もうという富士櫻だが、これを払い落とした増位山。大関として6場所目にして初の二桁に乗せた。富士櫻も10勝で敢闘賞が贈られた。

 

 結び前に大一番。北の湖が千代の富士を吊り出した。この時、北の湖の左膝が崩れるのを見て弱点があると見たと、千代の富士は述懐するが、確かに場所を通じて見ると、何番か勝った後に踏ん張らずに倒れ込んでいる。北の湖は突いて出て前ミツ狙いの千代の富士を跳ね返し、右差し。この場所逆の右を差しても力を発揮している。得意の右四つとはいえ左上手の遠い千代、すぐに反応して巻き替えるが、北の湖もすかさず巻き替えて左四つがっぷり。完全には胸があっていなかったが、無理矢理抜き上げた。

 

 結びの左相四つの横綱対決は、先に若乃花が上手。半身の輪島は、寄ってきたところを上手を取って残したが、この方が若乃花は攻めやすい。スタミナに難のある輪島、吊りを試みるが効果なく、そこを引きつけて寄られると力尽きた。前の場所はハイレベルな優勝争いを演じた両横綱は、共に10勝5敗に終わった。

 

 決定戦、左前ミツが取れた千代の富士だが、右は差せず。北の湖が右で引っ張り込みに来る。左が深くなると胸が合って本割の二の舞。命綱にも思われたこの前ミツを離してハズに当てがい、右上手で頭をつける。だが上手は浅くはなく、太い左で下手を取られている。ここで面倒とばかり腹を突き出して吊り気味に横綱が出て来るのを、左下手を掴んで踏ん張ると、千代の富士の両膝が曲がって腰が下りた。すかさず体を開いて上手出投げの連続。膝の緩い北の湖は足を送り切れず、土俵中央に這わされた。

 

 初優勝の千代の富士は、殊勲賞と3場所連続の技能賞も手土産に、大関へ躍進した。