昭和相撲史発掘 本場所編

昭和45年初場所

概要

優勝

北の富士

3回目

大関

13勝2敗

決定戦

 

三賞

殊勲 栃東

敢闘 黒姫山

技能 栃東

 

記録

 9年ぶり横綱同時昇進

 

歴史的観点

 

大鵬の一人横綱解消、北玉時代の幕開け

次期大関レースは混戦続く

 

 

見どころ・名物

横綱不在の4大関時代

武蔵川理事長の見事な協会挨拶

夏みかん庄之助時代、抜擢制度の悲哀

清國の美しい立合い⇄手つきなしが大勢

二子岳の足癖 下がりも蹴飛ばす

陸奥嵐の破天荒な吊り

待ったして突き返す荒っぽい関取たち

向正面からの睨み健在 審判員の元大内山

弓取り陸前 ソップ型力士の巧みな弓捌き

 

 

前年からの流れ

 44年3月、双葉山に迫るかと期待された大鵬の連勝がストップ。後輩2横綱に続いて名古屋で好敵手柏戸も引退し、戦後の大横綱はたった一人で綱を張る。しかし長年頂点に君臨した身体に疲労は色濃く、年後半は賜杯に届かず。九州を途中休場し、この初場所も全休。

 同年は4人の大関が優勝。皆油の乗った年齢で綱取りを期待されたが、綱取り場所では琴櫻8勝、新大関優勝の清國は9勝、玉乃島10勝と躓いた。だが11月を制した北の富士は前の場所も準優勝しており、出遅れた昇進レースを制するか。60勝台とはいえ前2年の年間最多勝を分け合った北の富士、玉乃島には、ポスト柏鵬の時代を背負う期待が高まっていた。

 取り盛りの4大関もいるが、次の大関を狙う三役力士も育っている。東西関脇は年6場所勝ち越し。特に3年ほど定着している麒麟児は、目下連続11勝中でいよいよ昇進がかかる(先場所で3場所30勝に達したので当時なら上がっていてもおかしくないくらい)。長谷川は7場所連続の関脇。さらに張出の前乃山も4場所連続の関脇在位と、稀に見る関脇の安定感だ。

 両小結も、三賞常連栃東、伸び盛りの高見山が勝ち越して留任。誰が飛び出してもおかしくないが、実力が拮抗して二桁に乗せるのは大変だ。

 平幕には、琴櫻と相星で千秋楽を迎えた龍虎、清國と決定戦を戦った藤ノ川、大鵬の連勝を止めた戸田と前年の活躍力士。入幕間もない三重ノ海、旭國、貴ノ花と50年代前半の看板力士も若々しい姿を披露する。

 

 

この場所の成果

 長らく大関で停滞していた北の富士、玉乃島がついに横綱昇進。一人横綱の大鵬が連続休場し、並び立つ存在が待望されていた中、期待に沿って決定戦を戦ったことで、両者に白羽の矢が立った。以後、晩年期を迎えながらも踏ん張る大鵬との充実した3横綱時代を迎える。

 中盤戦まで首位を並走した清國は、終盤失速し10勝止まり。9番止まりの琴櫻共々、同世代の躍進を見送ることとなった。

大関が減れば、埋める力士が待たれる。前の場所に続いて3関脇2小結は皆勝越したが、つまり潰し合ったということで、殊勲・技能を受賞した栃東が10勝したほかは、みな8勝。昇進のチャンスがあった麒麟児は、早々に黒星を重ねて白紙に戻った。横一線で大関レースは続く。

 北の富士27歳、玉乃島改め玉の海が25歳と、新横綱としては若くない。さらに役力士はそれと同世代かやや年上だ。若手の躍進が期待されるが、平幕上位の三重ノ海や朝登は大負け。中位で黒姫山と藤ノ川が9勝したくらいで、突き上げがもの足りなかった。

 下位から十両に目を向けると、三賞こそなかったが19歳の貴ノ花が再入幕で10勝をマーク。旭國は技能を駆使して何とか幕内残留。十両増位山も新入幕を濃厚にし、準優勝の大受も来場所は昇進のチャンス。後の大関が台頭してきた。新十両花錦、のちの魁傑は連敗地獄に陥り大敗。1場所で関取の座を明け渡した。

 幕下を制したのは、鳴り物入りで付出デビューの輪島。当時16歳の北の湖は、幕下にも慣れて5勝2敗。早くも幕下上位へ躍進するが、のちにライバルは1場所で番付を追い越していった。千代の富士の入門はこの年の9月である。

 

【変遷】39年戦士は

 前回1〜5月場所を追いかけた昭和39年に活躍した力士たち。

 大鵬以外の上位陣はすでにいない。4大関には、入幕間もなかった琴櫻、清國、北の富士、玉乃島。関脇、小結の実力派も、39年1〜5月には登場していない若手。6年の月日は相当長いとはいえ、なかなかドラスティックに世代交代している。

 その間、部屋別総当たり導入により、横綱大関は同門の強豪との対戦が増えて、全員が好成績を残すことは難しくなった。関脇以下の力士には、43年の番付削減の嵐が襲った。小城ノ花や前田川が直接その煽りで不運な幕下転落をして引退。中位での僅かな負け越しや、下位で勝ち越したのに関取の座を失った力士もいた。幕内の前頭下限は12枚目程度になり、一度大負けや休場をすればすぐに幕尻近く。調子を取り戻す暇もないが、力士の意識は以前のままで、落ちたら格好が悪いので辞めてしまう力士が続出。そりゃ人も入れ替わる。10年ほど前には平均年齢30歳を超えていたのが、グッと下がった。もちろん老兵だけが駆逐されたわけではなく、若くして廃業するケースも目立ち始め、北の富士、清國と共に若手三羽烏と期待された若見山が、ライバルの開花を尻目に25歳で去っている。

 荒波を乗り越えた39年前半の幕内力士は、上位陣を除くとわずか3人である。その最中に平幕優勝も果たした若浪、直後に十両落ちもしたが優勝して這い上がってきた。当時駆け出しだった栃王山も頑張っているが、海乃山はこの場所限りで引退する。上位で活躍を続けていたが、前の場所で大関を破りながら大負けして幕尻。白星先行で折り返したが...

56年戦士は

 なお、同時に公開された昭和56年の映像に残る力士は、貴ノ花、高見山、黒姫山の3人。あとは十両力士として登場する増位山、富士櫻くらいか。11年はさすがに長いが、現代に比べて力士寿命が短かった時代というのもある。平成17年→28年の11年では、7人も残っている。

 

時代背景

連勝ストップ、ビデオ判定導入

 前年春場所、大鵬の連勝を戸田が止めた一番は、新聞の写真で誤審が露わになって大騒動に。翌場所からは、ビデオを勝負判定の参考にすることにした。直接それが導入のきっかけとなった訳ではないが、他のスポーツが2010年代にようやく整備したビデオ判定を、半世紀近く前に導入したのは画期的だ。

 

大学闘争後退

 1968年のプラハの春、ベトナム戦争などがあり、世界的に反体制の運動が盛んに。団塊世代の学生たちに火がついて、大学が占拠されるような事件が各地で発生。しかし、過激化の一方で70年代に入って全体的な動きとしては徐々に落ち着いてきた。

 とはいえ、反体制の空気感は前近代的文化の代表たる角界には逆風。長きに渡る大鵬一強の停滞感も相俟って、観客動員は低迷。幕内、十両の定員削減など緊縮体制を敷いて乗り切ろうと実務家理事長武蔵川の下、苦闘する。

 

黒い霧事件

 プロ野球界は、黒い霧事件と呼ばれる球史最大の危機を迎えていた。シーズン終了後、西鉄の永易投手が八百長の告白。他球団にも波及。なかなか真相がはっきりしないまま、疑惑が広がったままで年を越してしまった。旧態依然の相撲界が抱える常態化した諸問題も、これになぞらえ「黒い霧」と形容されて批判される。東京五輪を終え、大阪万博に臨むこの年、近代化への圧力は益々強くなっていた。共に「現代っ子横綱」と呼ばれる北玉がこのタイミングで最高位に達したのは、新たな時代を望まれる中で必然的なことだったのか。

 

延長18回、コーちゃんブームのオフ

 前年夏の甲子園は、伝説の延長18回0−0。再試合では松山商業に軍配が上がったものの、一人で投げ抜いた三沢高校の太田幸司の人気は沸騰。秋のドラフトでは近鉄が1位で獲得。最後の故郷での冬を越し、春には大阪で喧騒に巻き込まれる。

 

昭和を代表するシリーズ番組

 水戸黄門、男はつらいよ、8時だヨ!全員集合といった昭和の名シリーズが始まった頃。カラーテレビも普及して、いよいよ現代と変わらない生活に。相撲の残存映像はまだモノクロが主だが、カラー映像で残っていることもある。あってもまだまだ不鮮明で色の表現力は期待できない。

序盤・中盤戦

横綱目指して北の富士 痛恨の一撃入るも快調

 横綱不在、大願成就へ向け追い風が吹いている今場所の主役、北の富士。初日、先場所技能賞の難敵小結栃東を前捌き良く前に出ながら左四つ、上手にかかる前にはもう土俵際。3日目は巨漢高見山の喉輪押しも、双差しに入って引きつけて問題にせず、鎧袖一触。体躯も充実、鋭い当たりからの突っ張り、素早く右上手を引いての左四つ速攻と非の付け所がない内容で勝ち進む。序盤無傷で乗り切った青年大関に、青天の霹靂。福の花一流の横殴りの上突っ張りがクリーンヒット。土俵中央、ストーンと落ちてしまった。

 思わぬ黒星を喫したが、幸い脳震盪の後遺症はなく、膝が入ったりもしなかった。翌日から再び白星を積み重ねる。

 一方、思わぬ殊勲の星を挙げた福の花。実は北の富士とは出羽海部屋に入門1年違いで、同じ釜の飯を食った間柄。兄弟子の一世一代の勝負の場所でよりによって会心の一撃を繰り出してしまい、翌日から元気なく5連敗と沈んでしまった。

3大関止めた栃東

 同世代の大関陣も、北の富士を逃してなるものかと上々のスタート。右四つの完成度が高まる玉乃島は、自分より数十キロも重い高見山を高々と吊り上げて運ぶなど地力の高さを発揮。琴櫻は左喉輪押しの威力で力勝ち、清國も怪力頼みではなく腰の下りた安定の四つ相撲からの投げで煩い三重ノ海や陸奥嵐を転がした。

 そこに襲いかかったのが技能派栃東。4日目清國が引っ張り込むのを外掛けで叩きつけ、5日目琴櫻には変化からの双差し速攻で土をつける。さらに中日には玉乃島にも勝って3大関撃破。前半戦のキーマンとなった。さすがバカボンパパ、もとい栃東パパ。

 つまずきはしたが大崩れはせず、清國は1敗で並走、玉乃島2敗、琴櫻3敗で終盤を迎えた。

三役陣

 ここに強豪3関脇が加われば優勝争いが盛り上がったのだが、序盤から平幕相手の取りこぼしが目立った。麒麟児は後半戦に入り1敗の北の富士、清國に挑むも完敗で5敗。長谷川も3大関戦残して4敗。前乃山は玉乃島、琴櫻と破ったが、浅瀬川に双差し許すなどムラがあり、4敗。上位戦を終えて3敗の小結栃東が最も期待できる。しぶとく食いついて出投げのキレが冴えている。

平幕勢

 10日目を終えて再入幕の19歳貴ノ花が3敗と健闘。3連敗を喫したが、軽量ながら真っ向突き押しで対抗しつつ食いついたら離さず、守勢に回っても土俵際の魔術師ぶりも発揮した。幕尻のベテラン海乃山も、突っ張り合いからの前みつ速攻、立合いから小手投げなど曲者ぶりを発揮していたが、10日目4敗目を喫した十両吉王山戦を最後に脊椎分離症で終盤戦を欠場し陥落決定。場所後引退した。

 そのほかは3敗以内の好成績者はいないが、目についた力士をピックアップ。

 

⭐️突進力豊かで特徴的な風貌のヤングトリオ。それぞれ自己最高位。

東2 朝登

 ずんぐりしたアンコ型ながら腰が高く、首が胴体にめり込んだような独特の体つき。腰を下さずヨーイドンと駆け出すような高いぶちかましか、両手突き。柏戸から金星を取って最後の対戦相手となったが、その後は上位陣になかなか通じず。平幕上位で健闘し新三役を狙った場所だったが、さっぱり通じず、陸奥嵐の注文にハマって早々に負け越し。

東4 錦洋

 のち、川崎を経て大峩と改名。20歳になったばかりのホープ。やはりあんこ型、丸顔の怪童たる風貌。こちらもやや足長で腰の位置が高いが、朝登よりは幾分低い当たりを見せる。

東5黒姫山

 立合いを横から見ると顔面が三日月形。間もなくデゴイチの愛称を戴く立派なおデコで猛然とぶち当たり、突き押しで前へ。56年の映像だと立合いで圧倒することは減り、あっさり自分から組んでいるが、この頃から右差しの寄りも見せている。貴ノ花を突っ張りで土俵下まで吹っ飛ばした。

 

⭐️続いて技能派も紹介

東6 栃王山

 春日野部屋らしい技能が光る。立合いの変化も日常茶飯事だが、差し身が良く突きつけての速攻が鋭い。しぶとい貴ノ花も、出足の黒姫山も軽く捌く。小兵ゆえ胸が合うと苦戦。

西6 藤ノ川

 今牛若丸。けたぐりも決めたが、小兵ながら突っ張りも力強く、体格同等の相手なら一方的に押し出した。残されても深く差して横に付いて出足を止めない。

西8 二子岳

 二子山部屋草創記の功労者にして、当代きっての業師。内無双を決め、失敗したが外無双も披露。足癖も有名だが、組み合ったまま下がりを蹴飛ばす芸当(しかも蹴り損ねて何度も)を披露。文字通り足癖が悪い。序盤4連敗も、中盤無敗。最後の引き分けを演じた力士らしく、淺瀬川と頭四つになると長期戦に。

西11 旭國

 中位で跳ね返されて4場所目。左差しで食いついて右で絞る形でしぶとい相撲。のちの相撲博士もまだ発展途上で効率性は高くなく、まだ相撲院生くらい。

 

⭐️そのほか

東8 戸田

 連勝ストッパーも1年ぶりに上位圏外。鍛えた地力で大勝ちを期待したが、一発はあるが安定感はないタイプで、番付下がっても星が上がらない。出足をかわされて前に落ちる場面が目立った。突きが上に抜けて双差しを許すこともあったが、意外な両上手の投げで体を入れ替えて勝ったりも。廻しを取っても出られる。

東10 高鉄山

 のちの大鳴戸親方といえば退職後の八百長告発で曰く付きだが、この頃は実績十分の幕内中堅力士。39年前半は新入幕後の十両転落期で、二瀬川として1、2番登場したが、その後また改名して関脇にも上がって幕内を保っている。突き押しからの引き技のうまさが目立つ。3連敗スタートも6連勝と持ち直した。

東11 時葉山

 2年ぶりに落ちたが1場所復帰。ガッチリ締まった体躯。左四つ右上手引きつけると力感があり、寄りの型が美しく玄人受けしそう。双葉山没後の時津風部屋の苦境にあって、唯一の幕内力士として奮闘する。

西12 大雪

 25歳の新入幕。近頃少ない長身筋肉質のこれぞソップという体型。ワキは甘いが、長い腕で肩越し上手掴んで持ち上げるように振り回す。貴ノ花をも投げ切った。

10日目を終えて

1敗 北の富士、清國

2敗 玉乃島

3敗 琴櫻、栃東、貴ノ花

   期待通り4大関が絡んだ優勝争いに。

終盤戦

十一日目 清國不覚、北の富士単独首位

 首位を並走する北の富士は、陸奥嵐のけたぐりにも素早く対応して左四つ右上手。上手を切ってから投げを打ちつつの寄りと定石通りの攻め。無理な体勢でも粘り腰を発揮する曲者、反り返って吊りにきたが、得意の外掛けから体を浴びせて潰した。しっかり踵の辺りに掛けているので、被さってうっちゃられることがない。

 続いて清國登場。すでに負け越している大雄を挟み付けて持っていこうとしたが、右下手で腰を引いて止められると、下手取り合って上手を探る長期戦。相手の出投げに合わせて巻き替えようとして体が離れ、おっつけて出ようとして足が流れ、引き技に落ちた。焦って痛恨の取りこぼし。2敗に後退。

 玉乃島は、喧嘩四つの長谷川を組まずに押し出して2敗を守った。

 3敗琴櫻は、ぶちかましたものの麒麟児と右四つがっぷりに。相手の横吊りにたまらず土俵を割って優勝争いから脱落。

 そのほか3敗勢、栃東は黒姫山の突進、左おっつけ、喉輪に圧倒され、向正面土俵を割った。貴ノ花は福の花の左かち上げからの喉輪押しに後退したが、イナして回り込み、俵で向き直った相手をすかさず押し出して一人3敗を守った。

審判交代の休憩中、呼び出しがカメラに向かって怖い顔で一喝する放送事故が。何かいたのか?悪ふざけか?若気の至りか?

 前乃山は朝登の上突っ張りを顔面に浴びながら突き返して7勝目。荒々しくダメ押し。口から血飛沫

 龍虎、一気の突き押しで若浪をいっぺんに持って行った。

 旭國は大きな若二瀬の突っ張り掻い潜り右前みつ、左返して食い下がり、寄り切った。

 十両増位山は、大雪の左変化からの上手投げに転がされて勝ち越しお預け。

 

1敗 北の富士

2敗 清國、玉乃島

十二日目 大関VS関脇

 優勝を争う3大関は強豪3関脇との顔合わせ。

 単独首位に立った北の富士。2度合わず、3度目は長谷川が左肩から踏み込んで当たり勝ったが、すぐに叩いて左にかわし、横からの攻めで勝負をつけた。

 玉乃島麒麟児を突っ張りから右四つ左上手に組み止めると、あとは終始攻勢。吊り、寄りで攻め立てて、最後は豪快に上手から投げ転がした。

 結び、清國前乃山の立ち合い変化にも泳がず、厳しく攻め立てて左下手前ミツ押しで相手が伸び切ったところを突き落とすような出し投げ。連敗はせず1差を保った。

 琴櫻は朝登の横振りの突っ張りに動じず、左まわし取って難なく寄り切って勝ち越し。

 栃東は大雄に攻め込まれたが、回り込んで辛くも突き落として給金。

 高見山は黒姫山の猛然たる突き押しを受けたが、さすがに重く、右ハズ入って形勢逆転、抱きつくように双差しになって寄り切った。

 貴ノ花、真っ向左四つになって寄り詰めたが、時葉山のうっちゃりに土俵の外。3敗力士が消えた。

 

1敗 北の富士

2敗 清國、玉乃島

十三日目 唖然。いっそ変化特集

 結びの一番、首位北の富士と1差の清國の直接対決。立ち合いに北の富士が左へ変わった。叩こうとしたか上手を狙ったか。しかし果たせず、踏ん張った清國がついていくと、左を差して右上手を取ろうと右へ重心を移すが、出足を止めきれないと見て、再び左へ回って右で叩くと、間一髪間に合って肩透かしが決まった。

 結び前、玉乃島も大関戦。琴櫻がぶちかましに出るのを、左変化で叩き込んだ。その前の一番でも関脇麒麟児が黒姫山を注文相撲で叩き込み。終盤戦の結び3番で、優勝を争う横綱候補や、若手の挑戦を受ける大関候補が立て続けに変化で勝った。当時の反響はわからないが、場内の微妙な空気は伝わってくる。

 別に変化しまくっていたわけではないのに、なぜこの日に限って立て続けに飛んだのか。綱取りに向けて内容が大事とは、今ほどうるさく言われなかったのだろうか。前場所10勝の玉乃島は、少なくとも場所後綱取りとは意識していなかっただろう。連覇という「結果」がほしい北の富士同様、なんとか1差を守ることに必死という気持ちが表れた変化だろう。

 関脇対決は熱戦となったが、双差しの長谷川が終始攻勢。右上手で粘る前乃山を寄り切った。

 不振同士の対戦。朝登の押しを残して組み止めた大文字が、突き落とすような鋭い出し投げを決めた。

龍虎が突っ張りの応酬から右を差し込むと、左で叩きつつ掬い投げ気味の肩透かしを決めた。錦洋の髪の半分がザンバラになるほど乱れているが、手は髷に掛かってはいなかったのか?昨今は審判が髷つかみに敏感だが、これだけの状況証拠を前にしても特にお咎めなし。

 陸奥嵐、三重ノ海の両廻し掴むや否や吊りに出る。一度めは釣り針が外れたように逃れられたが、再び胸が合うと、やおら豪快に天井を向いて高々と吊り上げ、魚も活きが良くて激しく暴れたが、迷いなくまっすぐに運び出した。これぞ東北の暴れん坊、セオリー無視の吊りである。

 時葉山、得意の左四つで栃王山をジリジリ追い詰め、力強い左の腕の返しで背中から倒した。

 旭國は、左差しで頭をつけて右で絞るいつもの形で食い下がると、業師の二子岳に鮮やかな内無双を決めた。

 貴ノ花は十両・照櫻の回転の大きな突っ張りを受けたが、土俵際踏ん張って左にから突き落としで逆転。細いがさすがに足腰が良い。

 前半戦見どころが多かっただけに…

 

 上位陣へのあてつけに、今日のMVPは戸田。いつものように頭から鋭く当たり、と思いきや、ぶちかましの角度で突っ込みながら、当たる寸前で左に飛んで突き落とし。大雪、肩口を突かれてもんどり打って転がった。一旦凡戦と見逃しそうになったが、両大関のしょっぱい変化と比べて、何度見ても信じられない動き。寸前で相手の目の前から消えている。さすが、昨年5人の審判の目を欺いて大鵬の45連勝を止めた男。愚直な押し相撲と見せて、一流のマジシャンである。

十四日目 いざ北玉楽日決戦へ

 十両の優勝争いは、9枚目の大受と12枚目和晃が6日目に全勝同士で当たり、和晃が勝ったあと、両者全く同じ星取りで、1差を保ったまま千秋楽へ。

 若二瀬、左を差すと、腕を突きつけるようにして東土俵へ雪崩込んだ。

貴ノ花、左差しで食いつくと、錦洋が喉輪で押し返すも、踏ん張って右も入れもろ差し。なおも抱えて出てこられたが、深く差した左から掬って体を入れ替えて押出した。正攻法で巨漢を破り、10勝目。

 兄弟子二子岳も負けじとモロ差し速攻で勝ち越し。三重ノ海をカッパじき、付け込んで飛び込んだ時には二本入っていた。

 大雄も戸田の突き押し掻い潜り二本差し。時間はかかったが、じっくり料理した。

 淺瀬川も二本入っての寄り。なぜかモロ差しに入る相撲が続いた。

 新旧吊りの名手は、期待通り吊り合いとなった。仕掛け続けた陸奥嵐が、若浪の足を土俵から離すと、暴れて降りようとするのをさらにそっくり返って強引に腹に乗せ、例によって真っ直ぐ歩いて吊り出した。腰が二段階式になっているのか。驚異的。

 続く高見山も、左四つで攻め手がなく長引いたが、低いながらも吊りで決めた。

 

 麒麟児ー前乃山は、がっぷり組んでまわし待ったが入る力相撲。麒麟児が寄り切って7-7に持ち込んだ。

 長谷川は、好調栃東を力強く振り回して体を入れ替えて圧倒。

 

 北の富士は琴櫻の突進、左喉輪押しに突っ張りで対抗。左おっつけから突き落としで這わせた。13勝目を挙げ、これで綱に手が届いたか。

 

 これで清國は脱落。結びで玉乃島敗れれば、北の富士の連続優勝が決定する。

 立合いで玉乃島右差し、すぐに左も入れてると、止まらず前へ出て、送った右足が外掛けとなって清國は背中から落ちた。

 

 両大関、昨日と打って変わって積極的な相撲で他の2大関を退けて1差変わらず、千秋楽結びで両大関による決戦となった。北玉時代の到来を告げる珠玉の名勝負である。

 

 千秋楽に北玉対決が組まれたのは、1人横綱大鵬の休場がもたらした巡り合わせ。昭和49年7月輪島ー北の湖、昭和56年1月北の湖ー千代の富士、平成5年1月曙-貴花田然り、新時代をもたらす劇的な一番は、いつも不思議な巡り合わせで千秋楽に回ってくる

 輪湖戦は、番付上の3横綱のうち2横綱が引退し、一人横綱と東正大関が千秋楽結びに。

北千代は、北の湖が珍しく3横綱中3番手で、大関の貴ノ花が引退、増位山は同部屋のため、関脇戦が組まれたもの。10年綱を張った北の湖が関脇戦を最後に場所を終えたことはほとんどない。曙と貴花田が1差で対戦し、横綱と大関に同時昇進したのも、大関小錦が休場したためだ。

 明日千秋楽、いよいよ運命の一戦。

千秋楽 ライバル決戦の末に念願成就

 結び、北玉決戦。リードする北の富士は連敗しても優勝ー優勝同点だが、大鵬不在の中というケチがつくことを考えると、連覇して横綱を確実にしたい。先場所10勝に終わった玉乃島も、逆転して直前3場所で2回優勝なら北の富士と甲乙つけがたい。

 

 両者さすがに緊張し、腰を下ろす前から互いに待った。立ち上がるや激しい突っ張り合いから、手数に勝る北の富士がやや前に出たところで、どちらからともなく左を差し合う。先に右上手に届いた玉乃島が上手投げから吊り身に出るが、一枚まわしが伸びて引きつけ切れない。しかし北の富士も上手が遠く、玉乃島の横吊りにはたまらず浮き上がり俵の外。場内熱狂、期待どおり優勝決定戦となった。

 

 東・北の富士、西・玉乃島、同じ方屋から登場した両者。北の富士つっかけて玉乃島一度待ったの後、今度は右張り差しの北の富士がすぐに左四つ右上手。玉乃島が上手を探る間もなく両廻し引きつけて寄り、右から外掛け、体を預けた。粘り腰を発揮する間もなく下敷きになった玉乃島。起こされて納得の表情で顔を見合わせた。

 

 表彰式。土俵上で三賞力士が次々賞状を受け取る中、東の控えに腰を下ろした北の富士は、そっちのけで記者のインタビューを受けている。平成に入ってから場内で観客に向けての優勝インタビューが始まったが、それ以前はTV向けに支度部屋で行われていた。しかし実はこんな形での「場内インタビュー」がなされていたとは。なかなか違和感のある光景だ。

 改めて支度部屋でインタビューされる北の富士。2戦戦った後だというのに、のちの解説者時代と変わらない軽妙な受け答え。力士は無口が美徳とされた時代にこれでは、現代っ子横綱と呼ばれるのも納得だ。

 場所後、連覇の北の富士はもちろん、準優勝に終わった玉乃島も横綱に推挙され、柏戸、大鵬以来の横綱同時昇進となり、大いに盛り上がった。現代ではなかなか考えにくい、10勝(3差)、13勝(同点)での昇進だが、二度目の横審諮問という経緯や、何よりムードというものが優先された。予定調和と云う勿れ。これが昭和大相撲。

 

その他の取組

 清國が張り差しで左を入れようとしたが、右からおっつけた琴櫻が得意の間合いで突き押しを繰り出し、引きに乗じて突進、押し出した。

 左の差し手争いを制して両差しの長谷川。麒麟児が巻き替えから弾き返したが、今度は左差し右上手に組むと、上手投げを決めた。両者8勝7敗に終わった。

 早々に負け越しながら、終盤戦連日の豪快な吊りで魅了する陸奥嵐。この日はさっと中に入って深い両下手。すぐさまいつものように反り返って高々と吊り上げたが、相手は高見山。まだ公称160キロ台の頃とはいえ、土俵中央で真上に吊り上げて前に運ぶのはさすがに無謀だった。のしかかられて横にも振れず、まともに体重がかかって足首が入った。のしかかりながらの上手投げで高見山の勝ち。足を引きずる陸奥嵐が心配だが、翌場所は見事に敢闘賞。どんな身体をしてるのやら。

 立ち合いで右で絶好の位置を掴んだ栃東。前乃山も心得て十分警戒する中で、鮮やかに十八番の上手出し投げを決めた。3大関を破っての10勝目で、殊勲、技能両賞を受賞した。

10勝でダブルなど、現審判長が発狂しそうな甘さだが、各賞一人の時代ゆえに候補者が少ないとこういうことも起こる。それにしても関脇以下で10勝が二人だけとはいくらなんでも寂しい。大鵬、玉の海が去った後の戦国時代を暗示しているかのようである。

 

 新鋭貴ノ花を突っ張りからの左上手投げでねじ伏せた龍虎。全員勝ち越して枠の空かない三役の座を、筆頭の9勝でこじ開けた。

 若浪、左へ飛んで蹴手繰り。朝登、足が送れずうずくまった。入幕6場所目の21歳は、幕内上位をキープして自己最高位の2枚目で三役を窺ったが、2勝に終わって7月には十両転落。以後ほとんど十両暮らしだった。

 右肩から当たった大雄が両差し。花光が極めたが、両下手引きつて吊り出し。2勝に終わった花光は、3年守った幕内を明け渡し、9月には幕下に落ちて引退する。

 二子岳は蹴手繰り不発で福の花に張られまくったが、中に入って土俵際下手投げで逆転。

 戸田が右カチ上げから出足に任せて押し込んだが、左深く差した三重ノ海が粘って再三掬い、体を入れ替えて寄り倒した。

 低い立合いで右前みつの旭國。泉川に抱えたりする浅瀬川の重い腰に苦労しそうだったが、一瞬の技で切って捨てた。右出し投げに見えたが、内無双―見えなかった。勝越して幕内残留。

 黒姫山は、高鉄山を一方的に突っ張って退け9勝目。役力士には好調の小結栃東を破っただけで大関戦も1番のみだが、二桁でもないのに敢闘賞を受賞した。近年なら再入幕で10勝の19歳貴ノ花が話題性もあって受賞していることだろうし、その選考に異論もない。よほど内容を重視した玄人好みの選考だ。高鉄山は右肩にテーピング。立合いから左半身で体を背けるばかりで、土俵下でうずくまった。負傷していたようだ。

 

十両の土俵から

 早々と優勝争いが2人に絞られた十両は、まず大受が登場。たたきつける塩まきはこの頃から。的確な突っ張りで攻め込んで、新十両株本が頭を下げて反撃に出るところを叩いて、3敗を守った。しかし2敗和晃が張り手から金剛を両差しに捕まえ、力ずくで吊り出して優勝を決めた。細身ながら場所を通じて鋭い速攻が光った。

 5枚目で二桁勝っている増位山Jr.も、嵐山が首を巻いて強引に出てくるのを弓なりに反って残し、外掛けに来たところを待ったましたとばかり内掛けに返し、貴重な11勝目。結果的には、両者ともに翌場所新入幕を果たした。

 

 恒例の協会御挨拶は、さすが堂々たる国会答弁で株を上げた武蔵川理事長。誰とは言わないが定型文の読み上げではなく、場所の総括や会場設備改善のアピールまで組み込んだ淀みないものだった。