昭和相撲史発掘 本場所編

昭和50年春場所

概要

トピックス

国民的人気力士の初優勝

史上最高視聴率、座布団の嵐

 

 

優勝 

貴ノ花

大関

13勝2敗

決定戦(楽日連戦)

 

三賞

殊勲 三重ノ海(4)

敢闘 荒瀬(2)

技能 麒麟児(初)

 三賞は順当なところ。三重ノ海は、輪島からの金星が殊勲かはともかく、終盤に入るまで優勝争いに加わって11勝の活躍。あまり上位キラーというイメージはないが、2金星の先場所に続く4度目の殊勲賞。荒瀬は二桁にこそ乗らなかったが、貴ノ花に土をつけて三役復帰確実。技能賞には、突っ張りが評価された小結麒麟児が初めて選ばれた。8勝ながら輪島も破っている。3連敗で休場の輪島に勝ったことはどこまで評価されるのかわからないが、もうひとり金星を挙げた増位山は漏れた。

 

歴史的観点

プリンス相撲人気立て直す

北の湖、またも花籠一門に苦杯

輪島の不振深刻に、輪湖時代はや瓦解?

平幕三重ノ海復活の連続殊勲賞

 

見どころ・名物

史上最多の座布団乱舞

新大関魁傑

伝説前夜の麒麟児ー富士櫻戦

旭國執念の途中出場

弓取り関取・板倉

 

前場所までの流れ

 直前1年で貴輪を除く上位の顔ぶれが一気に入れ代わった。49年7月、場所前に琴櫻、場所中に北の富士が相次いで引退。入れ替わりに、1月に初優勝して大関となったばかりの21歳の北の湖が史上最年少(いまだ破られず)で横綱に昇進した。同年は大関の清國、大麒麟が引退、まだ若い大受も陥落して11月は1大関となり、「横綱大関」が番付に載ったが、その場所を制した小結魁傑が、翌50年1月も11勝にまとめて昇進。2横綱2大関の番付となった。

 

 48年に昇進していた学生出身初(これもいまだ唯一)の横綱・輪島は健在で、その7月も北の湖に連勝し逆転V。秋も連覇して2年連続の優勝3回を記録。しかし、やや安定感を欠いて11月は9勝、50年1月も10勝と不成績に終わっている。

 横綱に昇進した北の湖は、輪島に逆転優勝を許した雪辱に燃えるが、花籠勢が立ちはだかる。9月は14日目龍虎に破れ輪島の連覇を許し、11月はリードしながら本割輪島、決定戦魁傑と連敗してまたも寸前で優勝を攫われた。50年1月は横綱初優勝を果たしたが、千秋楽は輪島に敗れて直接対決6連敗。相手が絶不調だからこそ苦手意識の強さが際立った。今度こそ輪島戦の連敗を止め、初の連覇を果たしたい。

 

 貴ノ花は大関となってから2年が過ぎたが、10勝すらなかなか届かず、カド番も2度。2場所ごとに下の名を改名する迷走ぶり。「貴輪」は、もはや死語に近いが、ようやく連続で二桁に乗せて復調傾向。前の場所は14日目に北の湖と1差決戦を挑んだ。

 

 三役には、北の湖と同じニッパチの若三杉、麒麟児。1年半ほど定着している黒姫山、まだ勝越しこそないが4度目の昇進となった旭國。若三杉は新小結で11勝、前の場所新関脇で9勝を挙げ、成績次第では場所後の大関昇進も期待できる。

 

 

 平幕上位も三役経験豊富な顔ぶれ。史上最強関脇と名高い長谷川は、悲願の大関取りは厳しくなってきたが、肝炎に苦しんでいた三重ノ海が、前の場所両横綱から金星を奪って11勝と復活。内掛けなどの名人芸が光る増位山、突き押しの突貫小僧富士櫻、馬力のある個性派荒瀬も番狂わせを演じる期待が持てる。45年初場所には両小結だった高見山、栃東は5枚目。全盛は過ぎたか。大受は大関陥落後も関脇で頑張っていたが、ついに大負けして平幕に陥落。場所中に25歳とまだまだ若く、再起を期待されるが、同い年の貴ノ花と並べ称された「貴受」は完全に死語。

 

この場所の成果

 

 打倒輪島、打倒花籠。まだ記録していない全勝や連覇。頂点を極めてもまだ目標がある北の湖。輪島が不振で休場してしまい、自身も初日から躓いて、ならば初の連覇をと勝ち進むが、またしても花籠勢が立ちはだかる。14日目魁傑、決定戦で貴ノ花に敗れて賜杯を逃した。秋にも貴ノ花と決定戦で再戦して敗れ、約1年で決定戦4連敗。土壇場で花籠包囲網に掛かり、勝負弱いというレッテルが剥がれなくなった。やっと出てきた二所の時代を払拭できる逸材を挫折させてはなるものかと、出羽一門総出で最年少横綱は鍛え上げられた。悔しさをバネに怪童は大横綱へと化けていく。

 貴ノ花の方は、いかんせん安定して好成績を残すのは難しく、横綱に迫るところまでは至らなかった。健闘した魁傑は体調を崩してわずか5場所で大関を明け渡す。

 再び1大関になるところだったが、入れ替わりに新大関が誕生。若三杉…は不調に陥りしばしの平幕暮らしとなったが、代わって三役に定着した三重ノ海が九州を制し、新三役から5年半にして一躍昇進の運びとなった。上位が決め手を欠いて混戦の報知年間最優秀力士賞にも選出された。

 麒麟児、富士櫻戦はやはり激しい突っ張り合い。伝説のとなった天覧相撲の前の場所での顔合わせ。急に熱戦を演じたわけではなく、毎度のことだったのか。

 十両では隆の里が新入幕を決め、19歳の千代の富士は中位で8番だが、秋には入幕を果たす。

 

【変遷】45年戦士は

 大鵬、北玉ら当時の上位陣は誰もいない。その後大関に上がった麒麟児(大麒麟)、前乃山もいない。長谷川、陸奥嵐、栃東、龍虎、福の花といった当時取り盛りの力士たちは、晩年を迎えている。

 45年1月にデビューした輪島、幕下だった北の湖がごぼう抜きで横綱に並ぶ。貴ノ花が大関を務めているが、三重ノ海、旭國、増位山はいまだ三役から平幕上位で推移。当時十両だった大受が先に大関となったが既に陥落。花錦を名乗って新十両を果たした魁傑が、この場所新大関となった。

 

【変遷】56年戦士は

 

 この後輪湖全盛期があり、北の湖は大横綱化。貴ノ花も50場所に渡り大関を張ったので2横綱1大関はそのままで6年。その間に若三杉改め若乃花、三重ノ海が横綱に登り詰め、増位山も大関となった。麒麟児、大錦、金城(栃光)などニッパチ組は健在。黒姫山、玉ノ富士もベテランとして残る。

 

時代背景

 

 巨人は前年V9ストップ。長嶋が引退、川上監督も勇退と転換期を迎えた年。長嶋新監督で臨むが、球団史唯一の最下位となり、敗戦国の象徴たる広島が初優勝を飾った。大阪では、西本近鉄が、DH制の採用されたパ・リーグで初の前期優勝を飾る。高度経済成長の象徴だった巨人・大鵬・卵焼きの時代の後には、下剋上の嵐が襲う。相撲界も北玉時代へ引き継ぐシナリオが崩れ、ようやく輪湖時代に収まるかというところだったが、この年に関しては再び荒れた。報知年間最優秀力士賞も難航したのだろう。11月を制した関脇三重ノ海が受賞している。

 春場所後に行われた春の甲子園決勝では、高知高校が東海大相模を破って優勝。夏は習志野が新居浜商業にサヨナラで勝って優勝。関東と四国が台頭した時代だった。

 第4次中東戦争をきっかけとしたオイルショックから経済は冷え込み、高度成長もついに頭打ち。企業倒産が相次ぎ、就職難となった。ついに赤字国債が発行され、現在の借金まみれの日本に至る。

 

 

 

序盤戦・中盤戦

 初日から両横綱が敗れる波乱。輪島は左四つになりながら、得意の下手投げが不発で前頭筆頭三重ノ海の上手投げに屈した。北の湖は、黒姫山の突進を変化でかわしたが決めきれず、四つには組んだが流れが悪くなり、投げを食って土俵に突っ込んだ。

 輪島は麒麟児の突き押しも捌ききれず、増位山の内掛けも食って3連敗で休場。指を裂傷してからの不調は脱したかに思われたが、今度は完全にスランプに陥ってしまった。

 北の湖は初日同様立ち合いから叩く相撲もあって調子が上がりきらないが、星の上では立て直して1敗で優勝争いを引っ張る。

 

 西の横綱に代わって土俵を盛り上げたのは、大関貴ノ花。同じ花籠一門の魁傑が新大関となったのも刺激か、荒瀬の出足に屈した1敗のみで北の湖と並走。相手の猛攻をうまく凌いで左四つの寄りか、いなして崩れたところを押し出したりと、軽量ながら正攻法で巨漢を向こうに回して白星を重ねている。高見山が小手に振るのを内掛けで仰向けに倒したのも見事だった。

 

 場所前最も注目された新大関は、序盤連敗を喫し、中日には長谷川の上手投げ気味の寄りに力負けして3敗。突っ張りも出て必ずしも不調ではないが、優勝争いからは後退した。

 

 早々に殊勲の星を挙げた関脇黒姫山、小結麒麟児も星は伸ばせず。直前2場所20勝の若三杉も2日目から3連敗して、場所後の大関は遠のいた。小結旭國は膵炎で休場。誰も優勝争いに絡めず、役力士の層の薄さが目立った。

 とか呟いていたら、10日目から胸と背中の鍼灸治療痕に絆創膏を並べた旭國が出場してきた。ドクターストップを受け入れず、「土俵で死ねれば本望」の名言が生まれたのがこの時。何事もなかったかのように北瀬海を押し出した。

 

 活躍が目立つのは、前頭筆頭の三重ノ海。初日金星で気を良くすると、魁傑も破って4連勝スタート。持ち前のうまさに加えて、組んでも離れても前に出る圧力が強い。9日目に勝ち越すと、10日目は北の湖と1敗同士で激突。

 もうひとり序盤を盛り上げたのは、元大関でこの場所ついに平幕に転落した大受。屈辱を晴らすかのように、新大関を破るなど4連勝のスタート。5日目も勢いに乗って北の湖を押しまくって追い詰めたが、土俵際あとひと押しできず組み止められて力尽きた。ところが、押し相撲の性、善戦でも一つの負けで流れが変わる。以降連敗モードに入ってあっという間に五分の星。

 

10日目 北の湖-三重ノ海

 1敗同士。張差しから上突っ張りと先手を取ったのは三重ノ海、北の湖が突っ張り返すと左四つに組み合った。両者上手に届いたが、北の湖は一枚廻し。仕掛け合うも決め手がなかったが、北の湖が一枚廻しのまま引きつけて力ずくで寄り切った。3人で並走してきたが、直接対決により一角が崩れた。

十一日目

1敗2人は?

 首位に並ぶ北の湖、貴ノ花。終盤戦を展望すると、両者の直接対決は輪島の休場によって番付順で千秋楽。45年初場所でも述べたが、やはり歴史に残る一番は、運命的に最高のタイミングとなる。残る取組は、共に大関魁傑戦と、北の湖が関脇若三杉、貴ノ花が1差で追う三重ノ海という難敵を残すが、あと2番は途中出場してきた小結旭國か平幕中位力士となる。

 この日は7枚目ながら8勝2敗と1差につける豊山が抜擢され、貴ノ花に挑戦。突っ張って出たが、大関は左から入って右も覗かせる。苦しい豊山は右から強引な首投げ、貴ノ花慎重に腰を入れて踏ん張り、豊山もさらに小手投げ、足を内股に入れての投げで力が入ったが、さすが足腰の良い大関、軽量を露呈せず、足を踏ん張って下手から投げ返した。

 北の湖は頭を下げて当たってきた若三杉を、右の突き放しで跳ね返し、出足を駆ってさらに突っ張り、右、さらに左で顔面に強烈な突きを入れると、高い衝撃音を残して関脇の体が土俵下へ吹っ飛んだ。久しぶりに怒涛の出足を披露した北の湖、もちろん手は貸さずにぷいと東の虹口に戻って勝ち名乗り。若三杉は5敗目。大関への足固めのためにはもう負けられない。

 

後続は

 魁傑は麒麟児の激しい突っ張りを受けつつも堪えながら左差しで捕まえ、寄り切った。諦めず2差で追う。

 昨日北の湖との相星対決に破れた三重ノ海は、大峩との2敗対決。張り差しで左四つに組み止め、万全の寄りで制した。

 

 

関脇以下ピックアップ

 関脇黒姫山、高見山を正面から押して出ようとするも、馬力負けで上手許して寄り切られた。5連敗で負け越し。

 旭國は、栃東の腕を巧みに捕えて得意のとったりを決めた。

 

 34歳同士。龍虎と福の花の激しい突っ張り合い、両者とも声が出てしまう癖がある。最後は組み合ってうまく体を入れ替えた龍虎が寄り、福の花もうっちゃりに返して綺麗に体が割れたが、右足が俵の外についていた。

 金剛はソップの大旺を高々と吊って出たが、土俵際で際どく残られ、慌てて寄って出たものの重心が浮いて、下手投げで入れ替えられ俵の外。まっすぐ前に吊ると土俵の外に下ろし損ねるという典型例。

 左四つ得意の玉ノ冨士、代名詞の割り出し気味に寄って白田山に力勝ち。なぜだか、なにわのおっさんに受けが良いのか声援を受ける。

 

 

優勝争い

1敗 北の湖 貴ノ花

2敗 三重ノ海

十二日目

1差対決 貴ノ花VS三重ノ海

 北の湖に敗れて1歩後退した三重ノ海が、貴ノ花に挑む。貴ノ花が左を入れ、右も覗かせると、これを極めて深く入れさせず。右から突き落として振りほどこうとし、貴ノ花が追いかけて渡し込みを狙うが、好調三重ノ海回り込む。黄色い悲鳴が響くが、落ち着いて右を差し直した貴ノ花。さらに食いついて懐に入り、ついに寄り切った。

 

 北の湖は右のどわで一気に出て、3敗豊山を一方的に押し出した。連日の速攻。昨日貴ノ花に両差しを許してもしぶとく粘った豊山だが、横綱には何もさせてもらえなかった。

 

 2敗がいなくなり、魁傑が2差につけるが、優勝争いはほぼ2人に絞られたか。

 

 魁傑には、13枚目の3敗大峩が挑戦したが、上手投げに屈した。9日目で勝ち越したとはいえ、トップを走るわけでもない幕尻近い力士が上位に当てられるのは取組編成の考え方が違う。まして大峩は2年半ぶりの入幕。二桁に届かず三賞のチャンスを逸したのは少し気の毒だが、手応えは得たようで2場所後には北の湖から自身5年ぶりの金星を獲得する。

 

 張り差しで組みにいった黒姫山だが、麒麟児の突き押しに防戦一方となって押し出された。連敗が止まらない。

 

 若三杉、右四つから龍虎が右腕を返して前に出ると、バンザイになったかと思いきや、クルリと体をしならせて首投げ。柔らかさを発揮した。

 

 荒瀬得意のがぶり寄り、長谷川こらえるが、右へ右へと寄り詰めつつ、吊り気味に寄り切った。

 

 フックの花炸裂。左張り手から右突き放すと、若獅子スコーンと吹っ飛んだ。

 

1敗 北の湖、貴ノ花

3敗 魁傑、三重ノ海

十三日目

貴ノ花VS魁傑 

 播竜山、十両丸山に足を攻められるが、下手投げで転がし勝越し王手。

 

 十両筆頭の大潮、白田山の寄りを堪えて深く入った左差しを返して寄り切った。勝越して入幕確実。

 

 既に9勝と好調の十両筆頭玉輝山、低く突っ込んだが、大旺の叩きにダイビング。

 

 琴乃冨士、大きな体を活かした左四つからの吊りで下した。

 

 大錦が左上手、玉ノ富士のお株を奪う右ハズで割り出すような形で寄り詰めたが、逆に左ハズからリンゴでも割るように突き落とされた。本家の腕力が勝った。

 

 陸奥嵐が左四つで吊り上げようとするのを堪えた青葉城。こちらは見事お株を奪って高々と吊り出した。

 

 若獅子は深々と左を差して右も浅い下手。金剛の小手投げを小股を掬いながら防いで、最後は下手から捻るようにして寄り切った。

 張り差しの二子岳、しかし右に回って浅い上手を引いた栃東が出し投げであっさり這わせた。

 

 福の花の突きを右前みつを命綱に残した大鷲、後退しながらも出し投げを決めた。御嶽海の活躍で日の目を見た長野県出身のソップ型力士、これでようやく2勝目。2場所前に優勝力士魁傑を小手投げに破った豪快さがみられない。

 

 低い当たりで前に出た大峩、しかし大受は右のいなしから反撃。すかさず右喉輪で逆襲すると形勢逆転し、教科書通りの美しい押しを披露した。そろそろ大峩を上位戦から解放してやってほしい。

 

 あっさり二本入った北瀬海、琉王はなすすべなく寄り切られた。

 

 立ち合い低さ負けした叩いた荒瀬だが、すぐ思い直して低く当たり直すと、抱きつくように捕まえて逆襲、一気に寄り切り。

 

 6−6同士。高見山が、喉輪を効かせて長谷川を電車道に押し出した。

 

 張り差しは空振りも、手繰ってから左四つに組んだ三重ノ海。先に右上手。一枚まわしからしっかり掴み直そうとすると、嫌った増位山は左を抜いて一枚廻しで半身に。独特の引きずり投げの体勢で粘ると、いつの間にやら右前ミツ食い下がりの形に。逆に左下手半身になった三重ノ海は、ついに腰が伸びて寄り切られた。4敗となって完全に脱落。

 

 富士櫻が激しく突っ張るが、旭國は我慢強く跳ね上げて残し、土俵際左が覗くと突き落とし。途中出場後3勝目。

 

 麒麟児の激しい突っ張りに、豊山たまらず腰から落ちた。

 

 黒姫山が右おっつけ、左喉輪で攻めるが、柔らかい若三杉の下半身は崩れない。右も入って両差しになると、十八番の右下手からの捻りを利かせた左掬い投げ。

 

 本日の白眉、大関同士となって初の同門対決。左四つ、右前廻しの体勢を作った貴ノ花が、魁傑を鮮やかな上手出し投げに破った。力の入った相撲に場内大興奮。新大関は4敗となってここで脱落。

 

 横綱に挑むは、前頭8枚目のベテラン龍虎。両手で突くと見せて叩く奇襲、右変化も北の湖に対応されて一突き、向正面土俵下へ飛び出した。目に指が入ったようで盛んに気にする横綱。構わず観客に背中を触られまくる。

 

 1敗の両雄譲らず、残り2日。

十四日目

 優勝争い

 既に1敗の2人に絞られた優勝争い。

 結び前で登場の大関貴ノ花の相手には、前頭8枚目7勝6敗の金城が抜擢された。ほぼ昭和50年代を通して幕内を張り、のちに栃光を名乗るニッパチ組の一人だが、まだ入幕4場所目。互いに張るような動きから、金城の右と貴ノ花の左で差し手争い。巻き替え合いから、貴ノ花が差し手を手繰りにかかった。逆さ向きに極まりかけて何とか振りほどいた金城だが、今度は低く食いついた貴ノ花が鋭く寄り切った。自己最高の13勝目、場内大熱狂。突然訪れた優勝のチャンス。土俵下、何やらつぶやく兄の二子山審判。

 貴ノ花から力水を受けた北の湖。立ち合い差しにいくのを、魁傑は果敢に突っ張って出る。顔面に入って火が点いたか、北の湖も上突っ張りで返してあっという間に向正面に追い詰めた。魁傑左を差して何とか俵伝いに回り込むと、足を引いたところが西の徳俵。一歩分の”トク”を活かして、右からの小手投げ。やや攻め急いだか、上手を探りながら出た北の湖の体が右に傾き、崩れ落ちた。新大関が大仕事。

 場内大熱狂、バンザイ、拍手の嵐。貴ノ花が初めて単独首位に立ち、1差リードして千秋楽の直接対決に臨むことになった。

 

  三役力士

 関脇若三杉は、高見山を両差しに組み止めた刹那の下手捻りで見事に転がし9勝目。大関への足固めとして、千秋楽二桁に乗せたい。

 麒麟児は猛烈な突っ張りで陸奥嵐に後ろを向かせて送り出し。給金直して三役キープ。

 突っ張りから頭を付け合った瞬間、若獅子の内無双決まって旭國バッタリ。お決まりの砂を掴んで投げつけて悔しがるポーズ。

  

  三役争い

 三重ノ海は当たってすぐにタイミングの良い叩きで豊山を下し、二桁をマーク。関脇復帰は確実だ。

 突き押し合戦に持ち込んだ大受、長谷川が跳び上がって叩くなど撹乱したが、冷静に押して出て突き落とし。筆頭長谷川は負け越して三役復帰ならず。

 巨漢琴乃冨士は胸を合わせて栃東の技を封じ、吊り寄りで圧倒。栃東はカード3戦3敗と、巨漢に合口が悪くなってきた。

 

  そのほか

  青葉城は北瀬海を左四つに組み止める。廻し待ったのあと、引きつけて豪快に吊ってまっすぐ運んだ。

 増位山は玉ノ富士を右四つ左上手の体勢から切り返しで崩して寄り、ぐらつく相手をわずかに持ち上げて土俵の外へ。

 三者三様の吊り出し三連発。

 金剛は大鷲を押し込んでから右上手を引っ掛けるような出し投げ一閃。細身ながら腕力の強いところを見せた。

千秋楽

 まずは入れ替え戦の要素を含む2番

 白田山の肩透かしを残して右上手の隆の里。肩越し気味だったが、大きく足を引いて強引に投げ飛ばした。十両2枚目10勝目で入幕確実。下に2枚で9敗目の白田山は残留が厳しくなった。

 十両天龍が少し右に動いて突いたが、左差し右上手で捕まえた大錦が馬力を発揮して寄り切った。下に2枚の大錦だったが、7勝目で残留確実。3枚目の天龍は8勝止まりで昇進は難しくなった。

 十両吉の谷が突いて出たが、様子を見るようにその場で立った大鷲が冷静に受けつつ叩き込んだ。ともに3勝12敗。入れ替え戦で盛り上がった後に、絶不調に幕内も十両もない?的な取組編成。

 

 7勝7敗力士が続々。

 今と違って7勝同士をぶつける編成はしない。

 カチ上げから上突っ張りで起こしておいて叩いた龍虎。顎を上げてしまった陸奥嵐は、あっけなく手を着いた。予想外の終盤の横綱戦で7−7となったベテラン、ほっと一息。

 立ち合いで注文をつけた金城、若獅子を上手出し投げで下し勝越した。予想外の大関戦で7−7となったんだから、これくらい大目に見ろと?

 大竜川の突き押しをあてがい、左差し右前みつを持ち上げた金剛が寄り切った。

新入幕播竜山、力強い喉輪押しで、半身で逃げる二子岳を押し出して嬉しい勝越し。

手を出して立ち、十分の左四つになった青葉城だが、相手が高見山では体力負け。両者8勝7敗。

 張って差そうという大旺を、突き押しで追い詰めた福の花。左差されたが、右から小手投げでねじ伏せた。幕内10年目のベテラン、4枚目で6勝は立派だが、結局この年はすべて負け越してご当初九州を取り切って引退する。

 北瀬海が低く立ったが、やや左に動いた琴乃冨士が変則的な叩きで這わせて勝越し。

 富士櫻の突き押しに大峩もなかなか下がらなかったが、愚直な突き押しからいなして崩しての押しで勝ち越しを決めた。

 2枚目同士。すでに9勝の荒瀬に対し、7−7の増位山は右変化。たたらを踏んだ巨漢を軽業師が押し出したて勝越し。

 

 これで7−7力士が全て取り終えた。相星対決は1番もなく、結果は7人全員勝越し!勝ちたいという気持ちが全て??

 

 豊山は猛然と突っ張って一方的に長谷川を突き出した。

 

 張り差しから両前ミツ狙いの三重ノ海、大受が引くと張り手混じりの上突っ張りから二本差して寄り切った。晩年の白鵬が見習いそうな狡猾な取り口で11勝目。

 

 琉王の突っ張りを低く構えてあてがって堪え、左上手前みつの旭國。慎重に頭をつけて寄り切った。

 

 小結麒麟児は、突き押し猛攻で玉ノ冨士を突いたりいなしたりと攻め立てたが、土俵際あと一歩が出ず引き落とされた。

 

 これより三役

 黒姫山の突進を闘牛士の如くかわしつつ、右上手前ミツを掴んだ栃東。押し込んでおいて、体を開いて得意の出し投げ。今場所は2番の上手出し投げがあったが6勝止まり。黒姫は9連敗で場所を終えた。1年余守った三役の地位からも滑り落ちる。

 

 魁傑が突っ張り合いから右ハズで押し上げつつ、左四つに組むと、腰高ながら若三杉を寄り詰め、うっちゃり狙いにもしっかり腕を突きつけ、体を浴びせて寄り倒し。横綱を倒して11勝は新大関として及第点。若三杉二桁ならず。

 

 さあ、千秋楽結びに全国注目の大一番。史上最高視聴率が記録された。

 左相四つの両者。1敗貴ノ花が低く当たって行くと、2敗北の湖は張ってから右上手。貴ノ花は深い左下手、半身で胸を合わせないようにしつつ、右の浅い上手にも届いた。北の湖が強引な上手投げに来たところで、残した貴ノ花が引きつけて出るチャンス!と思いきや、横綱が反対の下手から投げに出て、堪えた貴ノ花が寄ろうとしたところ、さらに下手から振られて乗り上げかけたが、危うくも踏ん張った。悲鳴と絶叫が轟く。

 依然北の湖の上手は深く、貴ノ花は好位置。攻めどきを逃すまいと、さらにひとつ腰を落としてから寄りに出た貴ノ花。投げに浮かないために万全を期したが、それを全く無効化する力ずくの上手投げ。抜群の足腰で土俵に根を張る大関が、あえなく引っこ抜かれて逆転負け。同点決勝。悲願へあと1つ。悲壮感を掻き立てるスターの惜敗に、場内悲痛な叫びに溢れ、もう一番見られる歓喜の声はかき消された。

 

 優勝決定戦

 13勝2敗で並んで決定戦。はやる大関の突っ掛けを突き返す様のふてぶてしいこと。最年少横綱にしてヒール役を心得ている。またも張って右上手の北の湖。貴ノ花は、吊りを堪えて左は深い下手、右は浅い上手。横綱が大きく開いて強引な投げに出たが、大関踏ん張るとさらに下手を深く、結び目の向こうで取る。右は前ミツを引いて頭をつける千載一遇の好機。逃してなるものかと引きつけての寄り。ついに腰の伸びた横綱、たまらず土俵を割った。

 土壇場で力を発揮し、取り口同様にハラハラさせた末の劇的初優勝。観衆絶叫、場内は興奮のるつぼと化し、「座布団をお投げにならないで下さい。」と繰り返す場内アナウンスもまた、狂騒を掻き立てるかのようで、大阪府立体育会館には史上最も多くの座布団が飛んだとされる(双葉山が敗れたときはもっと危険なものが飛んだというが、負傷者の話は全く聞かないので真偽のほどは不明)。西の砂かぶりの客は、立ち上がって何やら後ろに叫んでいたが、諦めて座布団で頭を守っている。

 

 春日野理事長から賜杯を受け、続いて優勝旗を手渡す役には審判部の二子山。一際歓声が高まった。いつまでも見ていたい至福の表彰式、かと思いきや、三賞の表彰の頃には、すっかり観客席は空いてきている。案外淡白。

 関脇で勝ち越した若三杉が旗手。部屋の草創期を支えた幕内二子岳、新入幕を決めた隆ノ里も集まり、パレードが始まった。マスコミ大挙し大混乱。春場所は大いに盛り上がった。