部屋データ(平成31年)


 相撲部屋の勢力をよりシンプルにわかりやすく表にまとめました。一門ごとに各部屋のデータ表、近年の動き、閉鎖した部屋も含めた系統別の表も加えて、興亡の歴史も把握できるようにしました。


一門データ一覧

一門名 主な部屋 部屋 理事 上位 年寄 看板 勢力 近年の動き
高砂 高砂,九重,八角 5 0 12  千龍,北富 D 八角理事長再選
出羽海 出羽,春野,境川 13 2 34  豪栄,栃心 B 二子独立、立浪合流
二所ノ関 田子,佐渡,阿武 15 2 28  稀勢,髙安 B 旧貴一門等多数合流
伊勢ヶ濱 伊濱,宮城,友綱 5 白鵬,魁聖 C  
時津風 時津,井筒,追風 8 16  鶴竜,遠藤 C 鶴竜連覇

 30年理事選後、貴乃花一門から貴乃花が離脱し一門解散。残存勢力は新理事の名を取って阿武松グループと称されていたが、7月無所属を認めず一門に所属させる方針が出された。一門を通じてガバナンスを強化することが理由である。反発した貴乃花の退職、部屋閉鎖という大ハレーションはあったが、阿武松グループや、29年末に時津風一門から無所属となっていた勢力は、意外にもすんなりと他一門への合流が決まった。

 一門を跨いで移籍したり、離反して無所属となったり、混乱状態にあった一門制度だが、相撲部屋は、8年ぶりに5つの一門に収まった。出羽海、春日野の名門に待望の賜杯が戻った30年は出羽一門の進境が著しい。貴一門からの復帰など5部屋が合流して最多の部屋数を擁することになった二所一門にも、九州で移籍組の貴景勝が賜杯をもたらした。鶴竜擁する時津風一門は、勢力拡大とは行かないが、年間2度の優勝は久しぶり。一方、日馬富士、照ノ富士を欠いた伊勢ヶ濱は苦戦を強いられ、なかなか役力士が出ない高砂も伸び悩みが続く。


出羽海一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
出羽海 小城花 江戸期   常陸,栃木 御嶽海 S D C 37年ぶり優勝
境川 両国

平15 

(中立) 岩木山 豪栄,妙義 C C B

妙義、三役復帰

春日野 栃和歌

大14

出羽海 栃錦,栃海

栃心,栃煌

A C B 56年ぶり大関誕生 
玉ノ井 栃東Ⅱ

平2

春日野 栃東Ⅱ 東龍 C C D ↓   
入間川 栃司 平5 春日野 皇司,燁司    D D E  
藤島 武双山 平22 (武蔵) 出島,雅山    B D E  
武蔵川 武蔵丸 平25 藤島     F D E 幕下3人に
二子山 雅山 平30 藤島     F E F 弟子7人に
山響 巖雄 平26 (北湖)     D D E 北太樹引退
尾上 濱ノ嶋 平18 三保関 把瑠都   C E E 里山引退
木瀬 肥後海 平24 北の湖 清瀬海 徳勝,常光 D A D ↓  関取経験者13人
式秀 北桜 平4 時津風 千昇   E E F →  幕下も不在
立浪 旭豊 大4 春日山 双葉,羽黒 明生 A D D 貴一門解散で移籍

 角界の保守本流と言われる出羽海一門。戦後の協会運営においても、元横綱常ノ花の出羽海から北の湖まで5人の理事長を出している中心勢力だ。長年分家独立を認めていなかったが、昭和の終わりから方針転換して現在では最多の11部屋を擁する。

 戦前は幕内の片屋を独占するほどの大勢力を誇り、戦後も千代の山、佐田の山と横綱が出て、栃錦、栃ノ海らを出した春日野との両輪で多くの幕内力士を抱えた。その後は大鵬や二子山勢を擁した二所一門に席巻され、三保ヶ関から出た北の湖が一時代を築いて巻き返したが、横綱大関はなかなか出ず、一時賜杯からも遠ざかった。平成10年代に入り、武蔵川が1横綱3大関を同時に擁し、他の分家筋からも大関が出る一方、出羽海は100年ぶりに幕内力士、関取までも途絶えるなど伝統ある部屋は苦境を迎えた。

 

平成30年:優勝1 大関2

 長らく押されがちだった本家筋が復活。30年は春日野の栃ノ心が優勝、大関昇進。優勝は栃東以来、大関は栃光・栃ノ海の同時昇進以来。名門と言われ続けれながら長らく遠ざかっていた栄誉を取り戻した。すると、負けじと出羽海の御嶽海も初優勝。これも昭和55年1月の三重ノ海以来、久しぶりの賜杯奪還。平成時代の最後に宿題を果たした。平成期の横綱は武蔵丸だけ。次の時代には早々に誕生することを期待したい。

 旧貴乃花一門の解散に伴って、唯一立浪が合流してきた。双葉山の時代には派を競った出羽と立浪が同じ一門になるとは隔世の感があるが、またひとつ名門部屋が傘下に入ったことになる。

 また、元雅山が藤島から独立し、二子山部屋を創設。藤島、二子山は元大関貴ノ花が率い、旧武蔵川部屋とは真っ向激突した時代があるだけに、旧武蔵川部屋所属の元大関が藤島、二子山として部屋を持つとは、何たる奇縁だろうか。

第1段階 独立部屋 開祖 時期 備考
 出羽海 春日野 栃木山 大14 多大な功績を評価し独立
三保ヶ関 増位山 昭25 預かりの部屋を再興。平25閉鎖、春日野へ

九重*

千代の山 昭42 独立と同時に破門、高砂一門へ
武蔵川* 三重ノ海 昭56 独立不許の方針を転換
第2段階 独立部屋 開祖 時期 備考
 出羽海  中立→境川 両国 平10 中立として独立後、平15名跡変更
田子ノ浦 久島海 平11 平24閉鎖、出羽・春日野へ
 春日野   玉ノ井 栃東Ⅰ 平2  
入間川 栃司 平5  
千賀ノ浦* 舛田山 平16 平28後継者所属の貴一門、のち二所へ
三保関   北の湖→山響 北の湖 昭60 平27一代年寄から継承時改称
尾上 濱ノ嶋 平18  
木瀬 肥後ノ海 平15 平22〜24は北の湖部屋預かり
武蔵・藤島 藤島 武双山 平24 武蔵川を継承し、改称
武蔵川 武蔵丸 平25 藤島から独立し、再興 
二子山 雅山 平30 藤島から独立
<移籍> 式秀 大潮 平26

北桜(北湖)が継承時に時津風一門から

立浪 緑嶋 平30

立浪(現伊勢ヶ濱)→貴一門から

(注)*は閉鎖された部屋。*は他一門に移籍した部屋。

二所ノ関一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
二所ノ関 若島津 平26 (松根)  若孜 松鳳山 D D D 師匠回復
芝田山 大乃国

平11 

放駒 若乃島   E E E  
峰崎 三杉磯

昭63

放駒  

荒鷲

E C D  
田子ノ浦 隆の鶴

平25

(鳴戸)

稀勢,若里

髙安 C D C

稀勢引退 

西岩 若の里 平30 田子浦     E 弟子6人に
片男波 玉春日 昭37 二所 玉の海 玉鷲 C F C 48年ぶりV 
佐渡ヶ嶽 琴ノ若 昭30 二所 琴櫻,琴光  琴奨,琴勇  A C C  
尾車 琴風 昭62 佐渡 豪風,皇風 嘉風 D C C 豪引退矢後入幕
鳴戸 琴欧洲 平29 佐渡     ↑   
大嶽 大竜   (大鵬) 露鵬,大砂   D E E 大砂嵐引退
阿武松 益荒雄   大鵬 片山 阿武咲 D  
高田川 安芸島 昭49 高砂 剣晃  輝,竜電 D C C  
千賀ノ浦 隆三杉 平16 春日野   貴景,隆勝 D C C ↑  貴合流景勝V
錣山 寺尾   井筒 豊真将 阿炎,青狼 D C D 合流,阿炎金星
湊富士   時津風 湊富士 逸ノ城 D D 合流

 長年に渡り、出羽海に次ぐNO.2勢力を長年誇る一門。二子山理事長の時代を除いて万年野党の印象があるが、土俵の上では出羽一門を凌ぐ実績を残している。横綱玉錦が二枚鑑札で引っ張った二所ノ関は、戦後大関佐賀の花が大鵬を擁して台頭。出羽海とは対象的に分家を奨励、花籠から若乃花、輪島、片男波から玉の海、佐渡ヶ嶽から琴櫻と横綱が出て、一門として繁栄。花籠から独立した二子山からも続々と横綱・大関が育ち、平成に至るまで一定周期で土俵の中心を占めている。

 平成22年に貴乃花一派が離脱、本家・二所ノ関部屋が閉鎖、希望の星・稀勢の里を擁する鳴戸の継承問題など危機があったが、緩やかながら求心力を保っており、若嶋津の松ケ根が名跡変更して二所ノ関部屋の看板も復活。貴乃花らが引退して二子山時代が終わった平成10年代後半以降、佐渡ヶ嶽から3大関が出た以外はやや下火だったが、29年に田子ノ浦部屋から横綱、大関が誕生した。

 

平成30年:優勝1 平成31年初場所:横綱1大関1

 22年の「貴の乱」で分裂した過去を水に流し、旧貴乃花一門の部屋の阿武松、大嶽、千賀ノ浦(貴乃花部屋を吸収)、無所属だった錣山、湊が合流。最多の部屋数を擁する一門となった。30年の最後に賜杯をもたらしたのは、合流したばかりの千賀ノ浦部屋・小結貴景勝だった。もちろん部屋勢初。翌場所は、34歳関脇玉鷲が片男波部屋に玉の海以来48年ぶりの賜杯をもたらす。時津風から無所属を経て移籍の逸ノ城、阿炎も活躍した。大関髙安も12勝3回と安定感があり、大嶽部屋からは大鵬の孫・納谷がデビュー。31年初場所で稀勢の里は引退したが、次代も楽しみだ。

第1段階 独立部屋 開祖 時期 備考
 二所関 芝田山→花籠* 大ノ海 昭27 昭28名跡変更。師匠廃業で放駒へ
佐渡ケ嶽 琴錦 昭30  
片男波 玉乃海 昭37  
大鵬→大嶽 大鵬 昭47 平14一代年寄から継承時に改称
押尾川* 大麒麟 昭50 継承問題の末独立。閉鎖時尾車へ
第2段階 独立部屋 開祖 時期 備考
大鵬 阿武松 益荒雄 平6 のち貴一門、H30復帰
佐渡嶽   尾車 琴風 昭62  
鳴戸 琴欧洲 平29  
 花籠 二子山 若乃花Ⅰ 昭37  
  放駒 魁傑 昭56 昭和60、本家花籠を吸収
第3段階 独立部屋 開祖 時期 備考
大鵬 大嶽 貴闘力 平14 継承後、貴一門へ⇛H30復帰
二子山 貴乃花* 貴乃花 平16 一代年寄名で継承し改称。H30閉鎖、千賀へ
  藤島* 貴ノ花 昭57 実兄の二子山停年時に継承し統合
  間垣** 若乃花Ⅱ 昭58 のち貴一門、閉鎖時は伊勢ヶ濱に合流。
  鳴戸⇛田子 隆の里 平元 隆の鶴が継承後、H25田子ノ浦に改称
  松根⇛二所 若嶋津 平2 松ケ根として独立後改称、H25二所ノ関を復活
尾車

朝日山*

琴錦 平28 佐渡から移籍後に独立。直後伊勢濱一門へ
<移籍> 高田川 前の山 平24 高砂⇛無所属⇛元二子山・安芸島が継承後加入
  千賀ノ浦 舛田山 平30 元二子山・隆三杉継承時に貴移籍。H30加入
  錣山 寺尾 平30 時津風⇛無所属⇛
  豊山 平30 時津風⇛無所属⇛

伊勢ヶ濱一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考  
伊勢ヶ濱 旭富士 平19 (安治川)  日馬富 宝富,照強 B B C 照富、転落  
宮城野 竹葉山

昭35 

(吉葉山) 明武,陸嵐 白鵬,石浦 B C B 炎鵬十両沸かす  
友綱 旭天鵬

昭36

(高島) 魁皇

魁聖,旭星

C D C 魁聖三役復帰  
浅香山 魁皇

平26

友綱     F E E ↑  関取誕生近し  
朝日山 琴錦 平30 尾車        

 緑嶌が春日山部屋から独立して興し、双葉山、羽黒山らを擁して戦前戦後を席巻した立浪部屋を中心とする一門。横綱照國らが活躍した伊勢ヶ濱の一門。大正期の強豪横綱太刀山が出た友綱部屋や、吉葉山などを擁した高島部屋の流れを組む部屋、大阪相撲の古豪・朝日山などが寄り合い、昭和後半から立浪・伊勢ヶ濱連合」として定着していた。ルーツがバラバラで最も関係性の複雑な一門。近年足並みが揃わず混乱が目立った。

 平成18年に伊勢ヶ濱が閉鎖(19年に名跡変更で部屋名は復活)、24年には立浪が他一門に流れて両軸が消滅。それに伴って「立浪一門」、「春日山・伊勢ヶ濱連合」、さらに「伊勢ヶ濱一門」と一門名の改称を繰り返した。部屋の閉鎖や流出で現在は5部屋、年寄9名の勢力に縮小した。既に立浪や旧・伊勢ヶ濱、旧・朝日山の系統の部屋は一門から消滅している。

 

平成30年:優勝1 平成31年初場所:横綱1

 伊勢ヶ濱の日馬富士が引退、照ノ富士は長期離脱で、白鵬が唯一の上位力士に。これに続く役力士も出て来ず、魁聖が1場所三役に復帰したくらい。孤軍奮闘の白鵬も昇進後最小の年1回優勝に留まった。石浦、照強、炎鵬と個性的な力士が控えるが、将来の横綱大関となるとなかなか候補者が出てこない。新興部屋の興隆に期待したい。

  独立部屋 開祖 時期 備考
立浪  立浪* 緑嶌   平24貴乃花グループへ移籍
時津風* 双葉山 双葉山道場として一門旗揚げ
春日山* 名寄岩 昭30 平2閉鎖時安治川へ
追手風* 清水川 昭13 昭40閉鎖時立浪へ
大島* 旭国 昭55 平24閉鎖時友綱へ
武隈* 黒姫山 平11 平16閉鎖
旧伊勢ヶ濱

熊ヶ谷*

荒玉 明治 昭32閉鎖時荒磯に合流

伊濱→荒磯

→伊濱*

清瀬川 昭4

熊ヶ谷から独立、のち吸収

継承時改称も再改称、平18閉鎖時桐山へ

木瀬* 桂川 昭31 平12閉鎖時桐山へ
桐山* 黒瀬川 平5 大鳴戸を引き継ぐ 朝日山へ合流
高島・友綱   高島→友綱 八甲山 大12 昭26安治川と合併、昭36名跡変更
玉垣→安治川* 巴潟 昭16 昭17名跡変更、昭26高島継承し合併
熊ヶ谷→高島* 三根山 昭35 高島から独立後改称、昭57閉鎖し熊谷へ
吉葉山→宮城野 吉葉山 昭33 高島から道場として独立、昭35襲名
熊ヶ谷* 芳野嶺 昭39 昭57高島が合流 平8閉鎖し立浪へ
安治川→伊勢濱 陸奥嵐 昭54 宮城野→友綱移籍後独立、平19名跡変更
春日山* 春日富 平9 安治川から再興独立、平28追手風預り
高島* 高望山 平5 平23閉鎖
追手風* 大翔山 平10 立浪→友綱移籍後に再興 平28時津一門へ
浅香山 魁皇 平26 友綱から独立
朝日山  朝日山* 岩ケ松 明29 平23桐山が合流 平27閉鎖時伊勢濱へ 
大鳴戸* 高鐵山 昭50 先代が独立後合併、のち再興も平5閉鎖
<移籍> 新・朝日山 琴錦 平28

二所の尾車から独立後、旧家所属へ復帰

高砂一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考  
高砂

高砂

明初   朝潮,朝青 朝乃山 A D D

朝乃山敢闘賞 

 
東関 潮丸

昭61 

高砂 曙,高見盛 (華王錦) C E E 幕下も不在   
錦戸 水戸泉

平14

高砂  

水龍,極芯

E E D 遂に関取誕生  
九重 千大海

昭42

出羽海 北富,千富 千龍,千国 S B B 大龍三役復帰  
八角 北勝海 平5 九重 北力,海鵬 隠岐,北富 北富,隠岐同時三賞  

 明治期に権力を独占した高砂の直系を中心とした一門。度々分家独立はするが、どれも大勢力にはならず興亡を繰り返している。昭和42年、独立時に出羽一門を破門された九重を受け入れ、以後2系統で成り立っている。高砂系は横綱、大関となった歴代朝潮太郎を中心に、男女ノ川、前田山、ハワイ勢にモンゴル出身朝青龍など超個性派、強豪を生み続けた。九重部屋は千代の富士ら3横綱1大関を生んだ。年寄数では少数派ながら土俵上での存在感は、出羽や二所を上回る時代が長かった。

 平成28年には、九重から分家した八角が一門初の理事長となった。

 横綱朝青龍、大関千代大海が引退した平成20年過ぎは勢力が減退。29年には高砂部屋に138年続いた関取が不在となったが、1場所で新鋭朝乃山が昇進。新師匠の下、若手が大挙して昇進して関取数が最多となった九重、北勝富士が急成長の八角、苦節15年余遂に関取を出した錦戸と、各部屋とも勢いづいてきた。

 

平成30年:優勝0 平成31年初場所:横綱大関不在

 九重部屋を中心に関取は少なくないが、上位で活躍できる力士は少ない。三役に復帰した千代大龍、三役目前で金星荒稼ぎの北勝富士の活躍が光るが、大器・朝乃山が中位でもたつくなど苦戦を強いられている。これほど横綱大関不在が続くのは一門の歴史でも経験がない。一門挙げて復活を期したい。

  独立部屋 開祖 時期 備考
高砂 高砂 高砂 明治 明治初期より
若枩→西岩→若松* 射水川 昭4 平14師匠が高砂襲名し合併
大山* 高登 昭15 昭61閉鎖時高砂へ合流 
振分* 朝潮 昭37 昭39閉鎖時高砂へ合流、のち継承
高田川* 前の山 昭49 平10破門、無所属へ(後二所一門)
東関 高見山 昭61 中村が合流
中村* 富士櫻 昭61 平24閉鎖時東関へ
錦戸 水戸泉 平14  
九重 九重 千代山 昭42 出羽海から独立時、破門で移籍
八角 北勝海 平5 九重から独立

時津風一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
時津風 時津海 昭20 (双葉山) 鏡里,豊山 正代,豊山 A C C 小柳が豊山襲名
荒汐 大豊

平14 

時津風   若隆,蒼国 E D D 3兄弟躍進 
伊勢ノ海 北勝鬨

昭24

錦島 柏戸,藤川

勢,錦木

B D C 錦木上位浮上
鏡山 多賀竜

昭44

伊勢海 蔵王,起利 鏡桜 D F E →  依然弟子2人 
井筒 逆鉾 昭52 (君ヶ濱) 霧島, 寺尾 鶴竜 → 

鶴竜V2 

陸奥 霧島 昭49 (井筒) 白馬,敷島   D D D 霧馬新十両
追手風 大翔山 平10 友綱 追海,黒海 遠藤,大栄 D B C 遠藤新三役
中川 旭里 平29 追手風     F E E 旧春日山継ぐ

 角聖双葉山が、粂川から部屋ごと譲り受け、立浪部屋から現役のまま独立した双葉山道場が起源。引退後は時津風部屋となり、巡業を共にした伊勢ノ海や井筒などの伝統ある部屋が合流し、独立元の立浪とは別の一門を形成した。

 横綱鶴竜を擁すが、大関は平成初期の霧島以来、横綱となると柏戸以来半世紀ぶりの誕生だった。決して大所帯ではなく、他の一門に比べて大関以上の力士は少なく、派手さはないが、比較的安定した体制を維持している。平成20年終盤、追手風一派が合流したが、錣山、湊が離脱。

 

平成30年:優勝2 平成31年初場所:横綱1

 風前の灯火だった唯一の上位力士・鶴竜が自身初の連覇を果たした。実は、時津風一門の力士が年2回優勝するのは、昭和31年に鏡里が2度優勝して以来。見方によっては全盛期だ。

 伊勢ヶ濱一門から移籍の追手風部屋・遠藤が新三役となり、豊山の敢闘賞も時津風の未来を照らしそうだったが、いずれも安定せず。正代も停滞気味、伊勢ノ海の勢も減退気味だが、錦木が可能性を感じさせたのは収穫。

  独立部屋 開祖 時期 備考
時津風

 

双葉山→時津風

双葉山 昭16 立浪から現役時に道場として独立後改称

立田川*

鏡里 昭46 時津継承時に分家 平12閉鎖時陸奥へ
湊* 豊山Ⅱ 昭57 →平29無所属
式秀* 大潮 平4 →平25継承時出羽一門へ
荒汐 大豊 平15  
井筒 君ヶ濱→井筒 鶴ヶ嶺 昭47 井筒継承時に独立後、改称して再興
井筒→陸奥 星甲 昭22

昭49改称

伊勢ノ海 伊勢ノ海 柏戸

昭24

江戸期から断続的に続く
鏡山 柏戸 昭44 横綱柏戸が興す
<移籍> 追手風 大翔山 平28 伊勢ヶ濱一門から加入
中川 旭里 平29 追手風預りの旧春日山部屋を継承し独立