前章(四股名論4−1)で定義した分類に基づき、番付、時代ごとにカテゴライズ。傾向の移り変わりを分析する。
令4夏 | ① | ② | ③ | ④ |
①
部屋・ |
照ノ富士◎ 北勝富士◎ 豊山 錦木 阿炎 |
琴恵光④ 豊昇龍④ 玉鷲③④ |
大栄翔 霧馬山④ 千代翔馬④ |
翔猿 照強 碧山 阿武咲 栃ノ心 東龍 貴景勝 千代大龍 荒篤山 隆の勝 琴勝峰 |
②
本名・ |
琴ノ若① 佐田の海① 明生 正代 髙安 遠藤 石浦 宇良 |
逸ノ城④ |
若隆景 若元春 |
|
③ 出身 |
御嶽海 | 輝④ |
隠岐の海 志摩ノ海 |
|
④ 志向 |
宝富士 翠富士 |
王鵬① 一山本 |
妙義龍◎ |
・縦軸は頭文字、横軸は2文字目以降の文字(3要素以上の場合は主なものを採用)
・後ろの丸数字は、その他の要素や、同じ字に複数の要素が重なる場合に他の要素を併記
・◎は同じ要素が二重に掛かっている場合
① | ② | ③ | ④ | |
①部屋・ 師匠 |
照ノ富士◎ 双羽黒◎ 千代の富士◎
若乃花Ⅱ
朝潮
旭國 鏡岩 (若三杉) |
武蔵丸
貴ノ浪 |
北勝海
琴欧洲 魁皇 若嶋津 |
鶴竜 旭富士 大乃国 琴櫻 栃ノ海 栃錦 鏡里 常ノ花 貴景勝 栃ノ心 琴光喜 武双山 琴風 栃光 琴ヶ濱③ (玉乃島)
|
②本名・ 親族 |
貴乃花
若乃花Ⅲ 正代 髙安
栃東 増位山Ⅱ 清水川 (北尾)
|
豪栄道 |
佐田の山
双葉山
雅山 |
|
③出身 |
東富士 御嶽海 北葉山 松登 汐ノ海 |
名寄岩 |
北の湖 把瑠都 霧島 三根山 増位山① |
三重ノ海 安藝ノ海 北の富士 羽黒山 武蔵山 宮城山 北天佑 能代潟 常陸岩 豊國 |
④志向 |
日馬富士③
稀勢の里 清國 若羽黒 |
|
白鵬 曙 隆の里 大鵬 千代の山 照國 玉錦② 魁傑 大受 大麒麟 豊山 |
昭和以降の横綱・大関に絞って分類する。
まず、①-①が多いのが目につく。②−②とした中にも、師弟関係にある親族で引き継いだ2横綱2大関がおり、それを加えれば最多勢力。大正期までを見ても、西ノ海3人を筆頭に、不知火、梅ケ谷などが2人(大錦は別系統で対戦もある)。大物ほど大きな四股名を継承する傾向がある。押し潰されそうな重い四股名を背負って大成した力士が多いことには着目したい。
昭和以降は、複数の横綱が名乗ったのは若乃花だけだが、朝潮、柏戸のように伝統ある四股名が最高位に引き上げられた。明治の横綱・小錦が平成に復活する可能性もあったが、あと一歩だった。
千代の富士のようなOB合成型もこのカテゴリだが、同等に期待がのしかかる四股名だ。このパターンに該当する照ノ富士の昇進で、全カテゴリ中単独最多に返り咲いた。
三代西ノ海、玉の海、二代若乃花、双羽黒のように、横綱昇進をきっかけに①−①の四股名に改名する例もある。玉の海は昇進してからギアが上がって10場所平均13勝をマークしたが急逝。その他の面々は前名の大関時代の方が元気だった印象で、昇進時改名はあまり縁起の良いものではない。
平成から令和にかけての最大勢力は、①−④。それを反映して、横綱大関も増加し①ー①を上回った。横綱で平成以降は旭富士と鶴竜だけでそれほど目立たないが、大関は4人。①ー②③に入れた四股名でも、「丸」「浪」「皇」など一般名詞として名付けられる字も多いが、それを除いても順調に数を増やしている。
④部分は、案外一般的なものが多く、個性的なのは大関の栃ノ心、貴景勝、琴光喜、武双山くらい。横綱はオーソドックスなものばかりだ。
令和ではめっきり減った何の属性にも由来しないオリジナルな④−④。4年夏は妙義龍だけだったが、歴代横綱大関ではも意外と多く3番目。師匠が予てより温めていたという大鵬。一門外ながら柏鵬両横綱からとったという**白鵬。鳳以来の一文字四股名の曙。
さすがに珍名、色物の類に出世した例は見当たらないが、常識的な範囲で凝った四股名はまずまずの活躍を見せている。部屋の一体感も大事かもしれないが、協会の看板になろうかという力士は中途半端に部屋の型にハメず、最大限知恵を絞った名付けをしてほしいところだ。
①−①とも取れる親族間継承の若貴、増位山、栃東。本名が、輪島、出島、髙安、正代、そして双羽黒が大関時代まで名乗った北尾。清水川が難しいところで、宮相撲で名乗っていた四股名だという。本名を大関以上で名乗るのは例外的で、保志→北勝海のように昇進時に改名するケースもあったが、近年2大関が立て続けに登場。「力士家系」も増えており、親族由来も今後増加する可能性がある。「大鵬」「琴櫻」が番付に復活することも期待できる。
典型的には明治の角聖・常陸山。故郷の自然を思わせる四股名だ。戦前まではこのパターンの大関が量産されたが、徐々に減少し特に平成以降は顕著。横綱大関では戦後早々にこのパターンが激減、北海道の北だけ取った北の富士、北天佑くらい。北の湖(湖は洞爺湖由来)、三重ノ海(海は出羽海由来)、名寄岩(岩は本名由来)もここに加えても良いかもしれないが、それでも多数派にはならない。③−①とした御嶽海には、郷土由来の四股名の代表として期待が掛かる。
郷土由来は減ったと言ったが、それでもしぶとく生き残っている。部屋の象徴を冠しつつ、出身を織り込むパターンは、横綱大関では意外と歴史が浅く、昭和末期の若島津が最初。鹿児島といえば島津氏という出身地の婉曲的な表現なのだが、なぜかこのパターンは直接地名を名乗らないことが多い。十勝の「勝」、大分の海で「大海」、直方の旧表記から「皇」、富山の「山」など、言われなければ④とするところだ。唯一直接的なのは、スケールの大きすぎる「欧州」。
常陸山以降、山をつけておけば四股名らしくなるという潜在意識が我が国に植え付けられた。子供が遊びで相撲を取るときに爺さんに行司をさせると、大体が名前に山をつけて呼び上げるので、試してみてほしい。角界でも「山」が席巻していた戦前戦後、前田、双葉、吉葉と恩人の姓を名乗る横綱が相次いだ。その後は激減し、新怪物が下の名から取って雅山と名乗ったのが、平成の上位陣では唯一だ。
青葉城、五城楼など故郷の名勝をそのままという力士も一定いる。上位力士では、横綱男女ノ川、大関増位山が実在する山川を名乗っている。平成期には、霧島や把瑠都といった比較的広い地域を四股名とした力士が出た。洞爺湖が実家近くにあるので、北の湖。群馬の三山にちなんで三根山。間接的な表現も美しい。
師匠の四股名の前半部をオリジナルにするなど、多数派の①−④の逆バージョン。時代順に見ると、時代ごとに波があるが、昔から常に一定数存在する。ところが、横綱大関となると意外に少なく、(羽黒山→)若羽黒、(照國→)清國、(若乃花→)貴ノ花。綱取りの機会はあったが、横綱に届く力士は現れなかった。①−①や③−①なら横綱もいる比べて出遅れたが、平成も終盤になって、(旭富士→)日馬富士、(隆の里→)稀勢の里が綱取りに成功した。
なお、③−①のパターンは、出羽海部屋の〇〇海が多い。3横綱が生まれているが、いずれも部屋の名称の前に出身地だ。
部屋の冠に本名の一部、という名付けは単純で多そうだが、横綱大関ともなるとあまり見かけない。それなのに武蔵丸、貴ノ浪が同時に大関昇進したのは面白い。
名寄岩は、③−②。出身地と本名の一部から。他に関脇水戸泉くらいしか思い浮かばず、その後大関は出ていない。豪栄道は②−③として初の大関(正確には②/①-③−④/③)。これも現役の逸ノ城くらいか。いずれも本名の一部と出身高校から。そもそも絶対数が少ない。
(ピックアップ)
②-②輪島・出島 近代唯一本名で取った横綱。石川県七尾市出身、輪島塗で有名な輪島市にも近く、ルーツがあるだろうが、③地名から取ったわけではない。余談ながら、輪島市には琴ヶ浜海岸もあるが、勿論こちらも大関の出身地ではない。同じ石川出身で、響きも近い出島が本名大関を復活させたのは好判断。
②-②若乃花Ⅲ 叔父が初代若乃花。二子山部屋に合流してから改名しており、①部屋ゆかりの四股名とも言える。貴乃花も実父で師匠の四股名を継いだので、やはり①を併呑。
④-①日馬富士 太陽を表す「日」を「はる」と読ませ、前名の安馬からとった「馬」は出身のモンゴルを代表する動物。富士は師匠の現役名から。主な2要素ということで、④-①としているが、③出身も編み込まれている。
昭56初 | ① | ② | ③ | ④ |
①
部屋・ |
若乃花
千代の富士◎ |
|
栃赤城 |
佐田の海
|
②
本名・ |
輪島 |
|
舛田山 |
|
③ 出身 |
北の湖 黒姫山 天ノ山 鷲羽山 黒瀬川 大潮④ 闘竜④ |
蔵玉錦 |
||
④ 志向 |
貴ノ花 |
|
隆の里 魁輝 巨砲① 鳳凰 満山 |
昭和も終盤に入った56年初場所の番付。幕内定員が少ないので、単純に人数比較はできないが、割合を見ても令和時代とはかなり偏り方が異なることがわかる。
パッと見て気づくのは...
・①ー②③④、②③④ー①、②が少ない
・①のみ、③のみ、④のみ、③ー④が多い
①部屋・師匠由来
令和との比較で大きな違いがあるのが、①に関するところだ。
①-①、①のみの四股名は令和より多い。部屋ゆかりの四股名を継承した力士が多い。親子大関増位山は②、部屋の異なる同郷の力士から受け継いだ大潮は③とし、青葉山は部屋の異なる同郷の同名力士がいたが関係は不明なので除いたが、四股名を継承した力士は計8名。令和4年夏場所は親子力士2名を含む4名だ。
ところが、①と他の要素の組み合わせはわずか。令和に最多勢力を誇った①ー④は、3名しかいなかった。その他の①を用いた組み合わせも、春日野の栃赤城(①−③)、若乃花の弟子である貴ノ花(④−①)と若島津(①−③)だけ。部屋でお揃いの一字をという発想が、まだ少数派だった時代である。
この場所の幕内でも見受けられる春日野の栃、佐渡ケ嶽の琴、片男波の玉は現代まで途絶えず、二子山の若は孫弟子に当たる若の里の西岩部屋がその系譜を繋いでいる。
②本名・親族由来
本名を名乗っているのは輪島と蔵間。そして一字だけ改めた荒勢(本名・荒瀬)。令和と比べてかなり少ない。まだ本名が市民権を得ていなかった時代だ。実父から四股名を引き継いだ増位山は、二世力士の活躍例がほとんどなかった時代に初の親子大関となったパイオニアだ。
③出身由来
令和では絶滅危惧種となった③絡みの四股名だが、この時代は③のみと③ー④が盛況。故郷に近い洞爺湖をイメージした北の湖を筆頭に、名勝地をそのまま名乗る力士が多かった。播竜山は、出身地の播磨と龍野からダブルで取っている。
④志向由来
完全オリジナルも5人いた。鳳凰は明治の大関からというよりは、二所ノ関の中国古典シリーズだろう。隆の里が何から取ったのかは不明。本名・高谷の音だけでも残したのか、などあまり語られない。
名作
巨砲 一見武器をそのまま用いた四股名だが、おうづつ→おおづつ→大砲→たいほう→大鵬と、明治の横綱を媒介して師匠に繋がる高度な名付け。
闘竜 こちらもただ強そうな名付けではなく、闘竜灘という出身地の名勝を活かした四股名。播竜山、竜電もそうだが、意外と竜の入った地名は多く、四股名に採用するにはうってつけ。
北天佑 北の天に生まれ人の右に立つ。音読3連続の造語ネーミングの走りのようだが、天祐という熟語にも掛かっていて響きが良い。しかし、当時としてはかなり新鮮だった。
魁輝 花籠系に魁傑らがいる中で、あえて被せてきた。どちらかと言えば地味な力士だったが、伸び悩みを嘆いた師匠が試行錯誤の末、昭和有数のキラキラした四股名(読み方は違和感ないが)を生み出した。のちに友綱部屋を継いで魁皇らを育て、名門復活を果たした。
平7初 | ① | ② | ③ | ④ |
①部屋・ 師匠 |
若乃花 琴錦 三杉里◎③ 小錦 朝乃若◎ 隆三杉◎② |
貴ノ浪 武蔵丸
|
魁皇 栃乃和歌 大善② 琴別府 琴ヶ梅 |
武双山 貴闘力 琴稲妻 春日富士※ 旭道山 湊富士 時津洋 若翔洋 |
②本名・ 親族 |
久島海 |
貴乃花① 寺尾 |
|
濱ノ嶋 小城錦 |
③出身 | 浪乃花 | 水戸泉 | 霧島 |
安芸乃島 北勝鬨 肥後ノ海 |
④志向 |
舞の海 |
|
曙 剣晃 智ノ花 大至 鬼雷砲 大翔鳳 |
平成に入ってはどう変化したのか。曙貴2横綱となった平成7年初場所を見ると、すでに令和型に変化している。
①部屋・師匠由来
①ー②③④が増加。特に①ー④への集中が目立つ。
佐渡ケ嶽、二子山、武蔵川の台頭が主な要因だが、全体に①を頭に持ってくる部屋が増えた。
早くから同じ冠で揃えている部屋は、すでにシンプルな四股名が枯渇してきて、栃乃和歌、琴稲妻、琴別府のように熟語を当て始めた。若翔洋のように、熟語でない字を並べる造語も出始めた。
②本名・親族等由来
②絡みは昭和期よりも少ない。本名そのままの力士はいなかった。希少な①−②の2人は、新入幕、新大関とも同時の因縁深いライバル。
③出身等由来
③はすでにかなり減少している。③のみで構成される名勝地をそのまま名乗る力士は、元大関の霧島一人に。
④志向由来
④のみで構成される四股名は、まだそれほど減っていないが、個性という点では尖ったものは多くない。
名作選
鬼雷砲 ものものしい武器の名称にして、鬼面山、雷電、大砲を合わせた史上最強の四股名とも。
久島海 本名に海をつけただけだが、怪童と恐れられ学生相撲界最強の久嶋・クッシーの名を残したのは正解だろう。字体も響きもどっしりしていて本名感がない。
舞の海 「舞」という珍しい字を冠した。八艘跳びも駆使し、牛若丸とも評された相撲ぶりに良く合った。
魁皇 師匠の魁輝と、直方の旧名から皇。「王」はいても「皇」は革新的だった。皇司、皇牙、皇風など他の部屋でもフォロワーが出た。
水戸泉 時代を通じて希少な「出身+本名」。シンプルで四股名らしい。
大至 二所-押尾川で引き継がれた漢語由来の系譜の末期に当たる。甚句歌手としてその名は現役。
隆三杉・三杉里 二子山の両ベテラン。いずれも兄弟子・若三杉と隆の里の組み合わせだが、隆三杉は本名が隆、三杉里は出身が焼物で有名な信楽の里、それぞれの由来も含んでいる。