昭和史発掘 本場所編

昭和56年7月場所

概要

トピックス

 千代の富士が3場所ぶり優勝、横綱昇進へ

 井筒兄弟が同時新十両

 

優勝

 千代の富士

 大関

 14勝1敗

 千秋楽本割(楽日結び相星決戦)

 

記録

 千代の富士、戦後最短タイの大関3場所突破

 2場所連続で「横綱大関」も、ついに大関不在に

 

歴史的観点

 千代の富士横綱昇進

 4場所連続の同カード楽日決戦

 北の湖3連覇ならず、黄金時代の終わり

 

見どころ

 朝汐の北の湖キラーぶり、一門の横綱誕生に貢献

 高見山のストレートな仕草

 伝統の突っ張り合い・麒麟児ー富士櫻

 江戸の華の弓取り

 変な掛け声の行司たち

 

前場所からの流れ

 初場所以来、3場所続けて北の湖と千代の富士が1歳内の楽日決戦。

輪島らの引退に加え、春場所から若乃花が休場続きとなって、実質1横綱1大関のみ。番付通りの優勝争いとなっている。ここ2場所は北の湖が連覇。本割だけなら3戦3勝。大関千代の富士は、夏場所13勝の準優勝をマークし、在位3場所目ながら綱取りも視野に入れて臨むが、北の湖の高い壁をどう突破するか。

「横綱大関」解消に向けて奮闘が期待される三役陣。最も期待されていた隆の里が失速して平幕に陥落。琴風、巨砲、さらに張出で朝汐も加わって、またも実力派3関脇体制。再小結蔵間、新小結北天佑が加わった5人は強力。三役から滑り落ちた隆の里、栃赤城の復調も期待される。

 

この場所の成果

 やはり横綱と大関のマッチレースとなった。黒星スタートとなった千代の富士が、全勝の北の湖を追う展開が最終盤まで続いたが、14日目に北の湖に土がつき、先場所に続いて1敗同士の相星決戦となった。結果、うまく食いついた千代の富士が有利な体勢を維持して速攻を決め、初場所以来2度目の優勝。13勝の準優勝に続く好成績で、文句なしの横綱昇進となった。

 白星街道、3連覇へまっしぐらの北の湖だったが、最後に連敗しまさかのV逸。苦手朝汐相手に立合い変化も勝てず、流れを失ったまま決戦に臨むことになったのは誤算だった。

 

 これで両者は4場所連続で優勝を賭けた楽日決戦となり、賜杯を2回ずつ分け合う形。輪湖時代のあとは、北若時代が本格化と思われたが、すでに北千代時代が芽吹いていた。

 ところが、新旧道産子横綱は3年半に渡り並立するのだが、両者の優勝争いはほとんどなかった。56年の2場所は入れ替わりに休場。57年初場所は楽日決戦となったが、その後は北の湖の長期休場、隆の里の台頭により、北千代はライバル関係にはならなかった。56年初場所の決定戦だけを以って覇者交代という切り取り方は、この4場所の接戦を見ると正確ではないのだが、大きな流れで見るとそう見られるのも仕方がない面がある。

 

 千代の富士の昇進により、来場所は超異例の0大関。東西に横綱大関が座る異常事態解消に向け、琴風が千秋楽の巨砲との関脇対決を力勝ちし、貴重な10勝目。翌場所の大関取りへ非常に大きな1勝となった。敗れた巨砲は三役で11勝、8勝ときて、この場所12勝でもすれば昇進もあり得たが、調子上がらず9敗目を喫し、チャンスを逃した。張出の朝汐は全勝横綱を破っての11勝で5回目の殊勲賞。前の場所も小結で9勝、直近2場所の星の上では琴風以上となり、いよいよ昇進が期待される。

 

 三役力士しかり、中堅からベテランの活躍が目立った場所で、28歳の小結蔵間は勝ち越し、同じく28歳の東西筆頭、麒麟児隆の里は9勝で三役復帰濃厚。隆の里は初日千代の富士を叩き込んで唯一の土をつけ、以降カード8連勝。千代の富士キラーとして名を馳せた。37歳高見山は後半役力士との連戦で脱落したが、千秋楽若島津をパワーで圧倒し10勝。5度目の敢闘賞を得た。中位とはいえ30歳出羽の花も2敗で終盤を迎え、2関脇を連破。1差の千代の富士戦が組まれたが、前日巨砲のぶちかましで胸骨を折ってしまい、不戦敗となった。

 一方で、若手の台頭はもの足りない。最年少20歳の北天佑は新小結で勝ち越したが、新入幕隆三杉は1場所で陥落。22歳の大寿山は初の上位で勝ち越しは見事ながら、20代前半は他に闘竜くらい。幕内4場所目の若島津もすでに24歳、中位で何とか8勝とブレイクの兆しはまだ見えなかった。

 

印象的な取組

 千代の富士ー北天佑

20歳の新小結北天佑。入幕5場所目の新鋭ながら、千代の富士には好相性。初場所の初顔では連勝街道の関脇を投げ飛ばしかけ、大関昇進後は連勝と、三保ヶ関の刺客として北の湖の連覇に一役買っていた。黒星スタートの翌日に嫌な相手と当たった千代の富士だが、左前ミツ、次いで右前ミツと引きつけて、鋭い寄り。北天佑が完全に土俵から浮き上がり、それでも片足で着地して捨て身の投げを放つ相手を、出足に任せて体を預けて寄り倒した。綱取りに向けて落とせない一番で集中力を発揮し、反転攻勢に出た。 

 隆の里ー千代の富士

右相四つ、左前みつが欲しい両者。先に触ったのは隆の里。これを右差して前に出ながら切った千代の富士、左ではおっつけ。隆の里が左を巻き替えに出ると、右おっつけで殺しにかかったが、両おっつけで頭を下げて出る形になった。すると隆の里がさっと左差しを抜いて右に回り、肩透かし気味に左で叩くと、肩に力が入っていたか、珍しく千代の富士が前に落ちた。決して完敗ではなかったが、これが唯一とも言える苦手力士を作るきっかけとなった。

 朝汐ー北の湖

苦手朝汐に立合い叩きに出て余裕で残され、突っ張りに応戦するも右喉輪がすっぽ抜けた隙を突かれると、腰が入ってひっくり返されてしまった。

 千代の富士ー北の湖

先場所に続き、千秋楽結びの一番、勝った方が優勝。千代の富士は左前ミツ狙い。北の湖、右でこれを抱え込んで左四つで組み止めにいく。が、千代の立合いは鋭く左下手前ミツ。十分に引っ張り込めずに頭をつけられ、強引に出ながら右上手探るも届かない。右上手前ミツも引きつけた千代、長引いて胸を合わされる前に動く。初場所決定戦でも決まった右の出し投げ、これで泳がせると、左腰に食いついて、疾風の如く寄り切り。勢い余って両者東土俵下へ飛び降りた。絶好の位置を掴んだ左前ミツを惜しげもなく離しての出投げ、鋭い勝負勘が光った。本割ではようやく2勝目。

 

 

力士短評

 東横綱北の湖13-2

初日から全く危なげなく、堂々の横綱ぶり。巨砲は右差しを返して体を預けるように一気に寄り倒し、琴風の出足も受け止めて二本入ると土俵下へ吹っ飛ばす豪快な勝ちっぷりで13連勝とし、3連覇に前進した。完勝続きだったが、終盤に入ってやや勝ち急ぎの傾向が見え、最後に連敗。

 東大関千代の富士14-1

黒星スタートを乗り越えて綱取りなる。追う展開となったが、先場所同様朝汐の援護を受けて追いつき、再び相星決戦。この場所は前ミツを引いての速攻が光り、大関昇進後はバタバタしたサーカス相撲も目についたが、安定感が段違いだった。

 東8若島津8-7

まだ線が細く、軽さを露呈することもしばしば。四つ相撲も独特で、上手でも下手でも前ミツを取りたがるため、力強い引きつけを見せる一方、相手を完全に封じるわけではなく、巻き替えの応酬になることも多い。中に入られることもしばしばあり、四つの技術が高いのかどうなのか。もっとも、それは初期に限ったことではなく大関時代、最晩年に至っても評価の分かれるところではある。

 東10琴千歳8-7

若者頭としての方が知られているが、当時は気鋭の幕内力士。元力士に見えないくらいほっそりした輪郭だが、別人のようにどしっとした突き押し相撲。3勝7敗から粘って新入幕の先場所に続いて勝ち越した。真っ向当たっての突っ張りで先制するのが常套手段で、右の力が強く、おっつけたり、上手を引きつけて左四つの寄り、投げも効いていた。