部屋データ(令和2年)

 相撲部屋の勢力をよりシンプルにわかりやすく表にまとめました。一門ごとに各部屋のデータ表、近年の動き、閉鎖した部屋も含めた系統別の表も加えて、興亡の歴史も把握できるようにしました。

過去の一覧は以下リストから

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26年版 27年版 28年版 29年版

2018 2019 2020 

一門データ一覧

一門名 主な部屋 部屋 理事 上位 年寄 看板 勢力 直近の動き
高砂

高砂,九重,

八角

5 0 11 

朝山

北富

C↑

師匠急逝も

東関は存続

出羽海

出羽,春野,

境川

13 ↓3  ↓0 ↑36 

御嶽

栃心

C↓

御嶽V2

大関不在に

二所関

千賀,佐渡,

錣山

15 1 ↑29 

貴景

髙安

C↓ 貴景大関に
伊勢濱

伊濱,宮城,

友綱

5 ↑2  ↑11

白鵬

炎鵬

C 白鵬V43
時津風

時津,陸奥

追風

↓7 ↓14 

鶴竜

遠藤

C

井筒閉鎖、

陸奥へ合流

 一門を跨いだ移籍、離脱の多発で、一時は制度の限界も指摘されていた「一門」。しかし平成30年の貴一門の解散と、無所属を不可とする通達により、孤立した貴乃花が辞表を叩きつけたが、結果的に平成22年の「貴の乱」以前の5一門の鞘に収まった。

 

 新元号を迎えた昨年は一門を超えた大きな動きはなく、ようやく落ち着いようだ。

 独立はなかったが、部屋持ち親方が不在になったのが3件。うち名門の井筒は、師匠急逝により閉鎖、横綱鶴竜らは同系列の陸奥部屋に移籍した。あとの2例は継承となり、部屋は維持された。だが理事でもある阿武松が、体調不良を理由に退職したのは後味が悪かった。一時は貴乃花が離脱した一門を率い、二所一門への復帰という難事調整もあり、心労もあったのだろうか。2月の理事選では、元貴乃花一門からは理事候補を出せなかった。

 

 土俵上では、大関2人を失った出羽一門が減退。二所は高安も陥落して横綱、大関を擁した田子ノ浦勢が萎み、貴景勝が大関となったが、優勝力士は31年初場所玉鷲以来出ていない。伊勢ヶ濱、時津風は休みがちながら優勝もして横綱を維持。上位を賑わす力士も出ている。躍進は近年元気がなかった高砂一門で、朝乃山が平幕優勝を機に大関目前まで成長している。やや層は薄いが、勢力では他の一門に引けを取らないレベルに引き上げた。結果、5一門の土俵上の勢力は、分析を始めてから初の一律「C評価」となった。どこが抜け出すか楽しみである。

部屋データ一覧

出羽海一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
出羽海 小城花 江戸期   常陸,栃木 御嶽海 S D C 御嶽V2
境川 両国

平15 

(中立) 豪栄,岩木 妙義,佐海 C C C 豪栄引退
春日野 栃和歌

大14

出羽海 栃錦,栃海

栃心,碧山

A C C 栃心陥落 
玉ノ井 栃東Ⅱ

平2

春日野 栃東Ⅱ 東龍 C C D 5年ぶり再入幕
入間川 栃司 平5 春日野 皇司,燁司    D D E  
藤島 武双山 平22 (武蔵) 出島,雅山    B D E  
武蔵川 武蔵丸 平25 藤島     F D E 幕下3人に
二子山 雅山 平30 藤島     F D E 狼雅急浮上
山響 巖雄 平26 (北湖) 北太,北桜 (北磨) D D E  
尾上 濱ノ嶋 平18 三保関 把瑠,里山 (竜虎) C E E 天鎧鵬引退
木瀬 肥後海 平24 北の湖 清瀬 志摩,徳勝 D A C 徳勝部屋勢初V
式秀 北桜 平4 時津風 千昇   E E F →  幕下も不在
立浪 旭豊 大4 春日山 双葉,羽黒

明生,豊昇

A D C 豊昇龍新十両

 角界の保守本流と言われる出羽海一門。戦後の協会運営においても、元横綱常ノ花の出羽海から北の湖まで5人の理事長を出している中心勢力だ。長年分家独立を認めていなかったが、昭和の終わりから方針転換して現在では最多の11部屋を擁する。

 戦前は幕内の片屋を独占するほどの大勢力を誇り、戦後も千代の山、佐田の山と横綱が出て、栃錦、栃ノ海らを出した春日野との両輪で角界一の大勢力を維持した。その後は大鵬や二子山勢を擁した二所一門に席巻され、三保ヶ関から出た北の湖が一時代を築いて巻き返したが、横綱大関はなかなか出ず、一時は賜杯からも遠ざかった。平成10年代に入り、武蔵川が同時に1横綱3大関を擁し、玉ノ井、尾上、境川と他の分家筋からも大関が出る一方、出羽海部屋は100年ぶりに幕内力士、関取までも途絶えるなど伝統ある部屋は苦境を迎えた。

 

 絶えず幕内力士を擁しながら、やはり大関や優勝とは縁が切れていた老舗の春日野部屋だが、平成30年に突如栃ノ心が優勝、大関昇進を果たした。すると出羽海からも御嶽海が関脇で2度の優勝を飾る。名門復活に湧いたが、勢いは長続きせず、栃ノ心は1年持たず陥落、御嶽海は好成績が続かず昇進ならず。そして5年大関を張った境川の豪栄道も令和2年初場所で引退。一門の大関がまたも不在になった。同場所では幕尻の徳勝龍が優勝して木瀬部屋に初の賜杯をもたらしたが、十両まで見渡しても次代を担えそうな若手は少なく、今後低迷も予想される。期待できそうなのは、紆余曲折の末に移籍加入した立浪部屋。明生が上位に躍進、そして朝青龍の甥の豊昇龍が十両に昇進している。

二所ノ関一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
二所ノ関 若島津 平26 (松根)  若孜 松鳳 D D D 一山本新十両
芝田山 大乃国

平11 

放駒 若乃島 E E E 5年ぶり再十両
峰崎 三杉磯

昭63

放駒 荒鷲

 

E C E 荒鷲引退
田子ノ浦 隆の鶴

平25

(鳴戸)

稀勢,若里

髙安 C D C

髙安大関陥落 

西岩 若の里 平30 田子浦     E 弟子6人に
片男波 玉春日 昭37 二所 玉の海 玉鷲 C F D 48年ぶりV 
佐渡ヶ嶽 琴ノ若 昭30 二所 琴櫻,琴光  琴奨,琴勇  A B C 有望株続々
尾車 琴風 昭62 佐渡 豪風,嘉風 友風,矢後 D C C 2人引退2人入幕
鳴戸 琴欧洲 平29 佐渡     E ↑  元林無傷で幕下
大嶽 大竜   (大鵬) 露鵬,大砂   D E E 納谷十両目前
阿武松 大道   大鵬 若荒雄 阿咲 D 師匠交代 
高田川 安芸島 昭49 高砂 剣晃  輝,竜電 D C C 竜電新三役 
千賀ノ浦 隆三杉 平16 春日野   貴景,隆勝 D C B ↑  景勝大関へ
錣山 寺尾   井筒 豊真将 阿炎,彩 D C C 阿炎新三役
湊富士   時津風 湊富士 逸城 D D 逸十両転落

 長年に渡り、出羽海に次ぐNO.2勢力を長年誇る一門。二子山理事長の時代を除いて万年最大野党の印象があるが、戦後の土俵の上では出羽一門を凌ぐ実績を残している。横綱玉錦が二枚鑑札で引っ張った二所ノ関は、玉ノ海が繋いだ後、大関佐賀の花が大鵬を擁して台頭。出羽海とは対照的に分家奨励の方針で、花籠から若乃花、輪島、片男波から玉の海、佐渡ヶ嶽から琴櫻と横綱が出て、一門として繁栄。花籠から独立した二子山からも続々と横綱・大関が育ち、平成に至るまで一定周期で土俵の中心を占めている。

 平成22年に貴乃花一派が離脱、本家・二所ノ関部屋が閉鎖など分裂危機もあったが、緩やかながら求心力を保っており、若嶋津の松ケ根が名跡変更して二所ノ関部屋の看板も復活。30年の再編で消滅した貴乃花一門の殆どを受け入れてほぼ元の勢力に戻り、擁する部屋数では最多を誇る。

 貴乃花らが引退して二子山時代が終わった平成10年代後半以降、佐渡ヶ嶽から3大関が出た以外はやや下火だったが、29年に田子ノ浦部屋から横綱、大関が誕生した。

 

 名門復活ブームに乗り、片男波部屋でも玉鷲が部屋に久々の賜杯をもたらした。翌場所には貴景勝が3場所連続二桁勝利をマークし、新大関へ。怪我による陥落にも負けず即復帰を果たした。その貴景勝に初優勝を攫われた大関高安には賜杯と綱取りが期待されたが、相次ぐ故障で反対に陥落。直後の復帰にも失敗して、前年同様大関一人の勢力となってしまった。14勝した逸ノ城は怪我で後退、嘉風も引退したが、阿炎が三役定着、琴ノ若、琴勝峰、そして納谷とホープを抱えて将来の展望は明るい。

伊勢ヶ濱一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
伊勢ヶ濱 旭富士 平19 (安治川)  日馬富 宝富,照強 B B C 照富十両復帰
宮城野 竹葉山

昭35 

(吉葉山) 明武,陸嵐 白鵬,炎鵬 B C B 炎鵬技能賞
友綱 旭天鵬

昭36

(高島) 魁皇

魁聖,旭星

C D C 一時幕内消滅
浅香山 魁皇

平26

友綱   (魁勝) F E E ↑  初関取誕生
朝日山 琴錦 平30 尾車     F E E  

 緑嶌が春日山部屋から独立して興し、双葉山、羽黒山らを擁して戦前戦後を席巻した立浪部屋を中心とする一門。横綱照國らが活躍した伊勢ヶ濱の一門。大正期の強豪横綱太刀山が出た友綱部屋や、吉葉山などを擁した高島部屋の流れを組む部屋、大阪相撲の古豪・朝日山などが寄り合い、昭和後半から「立浪・伊勢ヶ濱連合」として定着していた。ルーツがバラバラで最も関係性の複雑な一門。近年足並みが揃わず混乱が目立った。

 平成18年に伊勢ヶ濱が閉鎖(19年に名跡変更で部屋名は復活)、24年には立浪が他一門に流れて両軸が消滅。それに伴って「立浪一門」、「春日山・伊勢ヶ濱連合」、さらに「伊勢ヶ濱一門」と一門名の改称を繰り返した。部屋の閉鎖や流出で現在は5部屋、年寄9名の勢力に縮小した。既に立浪(現・出羽一門)や旧・伊勢ヶ濱、旧・朝日山の系統の部屋は一門から消滅し、友綱・高島の系統が主流。朝日山は、以前とは全く別系統で、新たに他の一門で興った部屋が移籍加入したものである。

 

 白鵬が2回優勝して健在ぶりを示したが、これに続く役力士が育たないのが近年の悩みの種。だが小兵の活躍は土俵を盛り上げた。新入幕の炎鵬は技能賞候補の常連になり、上位まで進出。石浦も再入幕し、三所攻めを決めるなど技能を発揮。2人の小兵を従え、初めて宮城野部屋だけでの横綱土俵入りが完成した。安美錦が引退した伊勢ヶ濱からは、照強が入幕。スピードを発揮し12勝で敢闘賞の活躍を見せた。

 三役候補は枯渇しているが、元大関の照ノ富士が十両に復帰して圧倒的な優勝、序二段から再起した巨人の復活劇には注目が集まる。今年中にいいところまで戻ることも期待できる。

 新興の浅香山から初の関取が出た。朝日山も順調に弟子を増やして台頭しており、一門に新風を呼び込むことが期待される。

 

高砂一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
高砂

朝潮

明初   朝潮,朝青 朝山,朝玉 A D C

朝山V、大関挑戦

東関 高見盛

昭61 

高砂 曙,高見盛 (華王錦) C E E 一時預経て継承 
錦戸 水戸泉

平14

高砂  

水龍

E E D 極芯道転落
九重 千大海

昭42

出羽海 北富,千富 千龍,千丸 S C C 千代鳳十両復帰
八角 北勝海 平5 九重 北力,海鵬 隠岐,北富 C B C 初場所は東関預る

 明治期に権力を独占した高砂の直系を中心とした一門。度々分家独立はするが、どれも大勢力にはならず興亡を繰り返している。昭和42年、独立時に出羽一門を破門された九重を受け入れ、以後2系統で成り立っている。高砂系は横綱、大関となった歴代朝潮太郎を中心に、男女ノ川、前田山、ハワイ勢にモンゴル出身朝青龍など超個性派、強豪を生み続けた。九重部屋は千代の富士ら3横綱1大関を生んだ。年寄数では少数派ながら土俵上での存在感は、出羽や二所を上回る時代が長かった。

 平成28年には、九重から分家した八角が一門初の理事長となった。

 横綱朝青龍、大関千代大海が引退した平成20年過ぎは勢力が減退。29年には高砂部屋に138年続いた関取が不在となったが、1場所で新鋭朝乃山が昇進し、その後躍進。新師匠の下、若手が大挙して昇進して関取数が最多となった九重、北勝富士が急成長の八角、苦節15年余遂に関取を出した錦戸と、各部屋とも徐々に勢いづいてきた。

 

 本家高砂の底力というべきか、平幕で停滞していた朝乃山が突如平幕優勝し、朝青龍以来9年ぶりの賜杯が戻った。これが令和時代初の優勝。初代優勝掲額力士の明治の高見山から数えて4つの年代で優勝力士を出したことになる(大正期に出なかったのが惜しまれる)。名門復活ブームにしっかり乗った形だが、その後朝乃山は覚醒し一躍次代の大関、横綱という声もかかるようになった。

 再戦確実の八角理事長の部屋も元気で、北勝富士が三役になり愈々大物食い以上に進化しそう。ベテランの隠岐の海も元年秋は千秋楽まで首位に並んだ。部屋勢初優勝のチャンスもあるかもしれない。

 ただ、それ以外はやや元気がなく層の薄さは否めない。多くの関取を擁する九重勢も部屋頭の千代大龍の勢いが衰え、千代の国は再び大怪我で幕下まで転落、元小結千代鳳が十両に戻ったものの跳ね返されて、数年前のホープが軒並み頭打ち。錦戸の元アマ横綱水戸龍も十両で停滞。東関は師匠が若くして亡くなり、1場所八角預かりで戦った後、順当に弟弟子の元高見盛が継承したが、しばらく幕下力士も不在が続いて前途多難である。

時津風一門

部屋名 師匠 創設 独立元 代表力士 現役   備考
時津風 時津海 昭20 (双葉山) 鏡里,豊山 正代,豊山 A C C 豊島再入幕も陥落
荒汐 大豊

平14 

時津風   若隆,蒼国 E D C 隆景入幕,元春十両 
伊勢ノ海 北勝鬨

昭24

錦島 柏戸,藤川

勢,錦木

B D C

勢再入幕,錦木金星

鏡山 多賀竜

昭44

伊勢海 蔵王,起利 (鏡桜) D F F ↓  一時井筒を預る 
陸奥 霧島 昭49 (井筒) 白馬,敷島

鶴竜,霧馬

D C B 井筒の鶴竜ら移籍
追手風 大翔山 平10 友綱 追海,黒海 遠藤,大栄 D B B 大栄も新三役
中川 旭里 平29 追手風     F E E  

 角聖双葉山が、粂川から部屋ごと譲り受け、立浪部屋から現役のまま独立した双葉山道場が起源。引退後は時津風部屋となり、巡業を共にした伊勢ノ海や井筒などの伝統ある部屋が合流し、独立元の立浪とは別の一門を形成した。

 横綱鶴竜を擁すが、大関は平成初期の霧島以来、横綱となると柏戸以来半世紀ぶりの誕生だった。決して大所帯ではなく、他の一門に比べて大関以上の力士は少なく、派手さはないが、比較的安定した体制を維持している。平成20年終盤、追手風一派が合流したが、錣山、湊が離脱。

 

 秋場所中に元逆鉾の井筒が急逝。横綱鶴竜らの行き先が注目されたが、場所中は一旦一門の理事である鏡山部屋預かりとなり、場所後の一門会で陸奥部屋への移籍が決定した。実弟の錣山が継承するのが自然ではあるが、すでに他の一門に移っていることから実現せず。兄弟子にあたる霧島が受け入れることになった。陸奥部屋は改称前が井筒部屋であり、鶴ヶ嶺・逆鉾の井筒部屋は君ケ浜部屋として独立後に空いた井筒名跡を取得して復活させたもの。実は本家井筒部屋の直系は陸奥部屋とも考えられる(現在でいうと藤島と武蔵川の関係がこれに近い)から、これを機に井筒に戻せばさらに自然なのだが。

 土俵上では、鶴竜が名古屋で優勝して一息つくも、その後休場続きでいつ力士寿命が尽きてもおかしくない状況だが、移籍で横綱と同部屋になった霧馬山が新入幕で敢闘賞。新看板を育てる役割も期待される。初場所は、名門復活ブームに乗って半世紀ぶりの賜杯かと湧き立った時津風部屋、惜しくも正代は準優勝に終わったが、連続敢闘賞で大関候補に復活。同じく優勝争いに加わった豊山も低迷を脱しつつある。追手風部屋でも遠藤が上位で安定して活躍、大栄翔も殊勲賞を取って新三役。中堅どころの盛り返しで活気はある。