多賀竜が平幕優勝
黒船襲来 小錦衝撃の上位陣圧倒
蔵前国技館最後の場所
立合い正常化
多賀竜
初
前頭12枚目
13勝2敗
楽日本割(取組前)
殊勲 小錦
敢闘 小錦、多賀竜
技能 多賀竜
8年ぶり平幕優勝
小錦 入幕2場所目で2金星
3横綱の凋落 限界説強まる
若嶋津失速、綱取り失敗
大関が存在感
前後15年で1度の平幕優勝
蔵前最後の本場所風景
両手を着く立合いの徹底
春日野理事長挨拶
昭和56年を沸かせた力士の3年後
大型新人(類) 北尾、水戸泉が幕内デビュー
十両時代の服部、寺尾、琴ケ梅
初優勝後の綱取りには失敗した若嶋津だが、続く名古屋で見事全勝。再び頂点へ挑む。
初場所まで4場所連続千秋楽相星で覇を競った千代の富士、隆の里はやや勢いが落ち、夏場所復活の全勝優勝を果たした北の湖も翌場所は11勝止まりで、3横綱は綱取りへの高い壁とまでは言えない。隆の里は同部屋、過去1勝のみの天敵千代の富士も休場明け。他の3大関も10勝がやっとの低位安定に甘んじており、有利な条件は揃っている。
三役力士も前2年の昇進ラッシュで実力者は一通り大関に上がり、定着する者がおらずに出入りが激しい。60年代を彩る花のサンパチ組は、保志が小結にいたものの、前の場所で小錦、この場所で北尾が入幕したばかりだった。
ちなみに、新入幕の小錦は8勝7敗と辛くも勝ち越し。幕内力士の技に戸惑って持ち前のパワーは発揮できなかったが、6枚目に番付を上げた。多賀竜は8枚目で6勝で尻に火が付く12枚目に。
また、国技館の聖地復帰を前に立合いの正常化が断行され、両手を付くことを厳しく指導されることになった。片手も下ろさず、立会いを乱れ切らせた世代が、批判を承知で正常化を叫ぶ。栃若政権だからなしえた肝入りの大改革だった。
前評判通り若嶋津が優勝争いをリード。終盤の上位戦を勝ち抜いて大願成就へというシナリオは、泰平の世に突如現れた黒船によって打ち砕かれた。好調を買われて上位戦を組まれた入幕2場所目の小錦が、実績十分の2横綱と綱取り大関を圧倒。その小錦を破って1敗で走っていた平幕下位の多賀竜が、若嶋津を破り、逃げ切りに成功。昇進に向けて横綱攻略に燃えていた若嶋津だが、横綱戦は組まれず平幕2人に足元を掬われて野望は潰えた。
連敗して休場した北の湖、完全復活はならず2場所後に新国技館で引退する。10勝に終わった両横綱は明暗。隆の里はそのまま衰えて間もなく皆勤もままならなくなる。一方、29歳で故障がちになっていた千代の富士だが、小錦戦の完敗に発奮。翌場所1年ぶりに賜杯を抱くと、新国技館で優勝を独占。ここから黄金時代を築く。
4大関は、前半勝ち進んだり、横綱を破ったり、最後に今場所の主役に一矢報いたりと、それぞれ見せ場を作り、及第点の9〜11勝に収まった。58年名古屋に北天佑が大関に上がってから60年夏に琴風が落ちるまで、2年間(4大関は秋から)堅陣を築いたカルテットは、その間ほとんど角番もなく安定していた。しかし横綱が不安定だったこの年に誰も抜け出せなかったのは惜しまれる。60年代に入ると千代の富士が賜杯をほしいままにし、後発のサンパチ世代にも押されていく。
のちの3横綱と名関脇がひしめく三役陣。関脇復帰の大乃国は前の場所に続いて10勝。小錦、多賀竜のストッパー役を果たせていれば、優勝してもおかしくなかった。関脇逆鉾、小結の保志と旭富士は、前半戦上位陣相手に負けが込んで三役を陥落。
立合正常化。最も影響を受けると思われたのは、仕切りで手を触れるのがギリギリの小錦。初日こそ立ち遅れて失敗したものの、相手の方が立合いの変化をしづらくなったか、むしろ有利に働いたかもしれない。
そのほか昭和56年のアーカイブ場所に登場する力士たちは。巨砲、太寿山は三役定着とはいかず、平幕上位の番人に。30歳を過ぎた面々、麒麟児、魁輝、蔵間、出羽の花、舛田山、大錦も上下動ありながら健在。
定着に苦労していた鳳凰、闘竜、板井、隆三杉も幕内を保っている。
十両にも大潮、鷲羽山、栃赤城、栃光、富士櫻、天ノ山、琴千歳、嗣子鵬、三杉磯と残っている。栃赤城は優勝したが、案外早く衰えてこの地位。
あれから3年
アーカイブ場所で順次公開の昭和56年初、春、夏場所を観賞していたが、突如59年秋が登場。3年余のギャップがなかなか新鮮だ。
56年前半には2横綱1大関へスリム化していたが、千代の富士に続いて大関取りが難航していた隆の里が横綱に。同期同部屋の若乃花の引退後に昇進した。大関には三役常連だった琴風、朝潮、そして入幕間もなかった北天佑、若嶋津が。三役に大乃国、保志、旭富士とのちの横綱が犇めく。平幕には前場所の小錦、霧島に続き十両優勝の北尾が新入幕。大錦、大潮、富士櫻、麒麟児、青葉城らは健在。高見山は…ついに十両転落。
昭和39年から幕内にいた、あの名物行司がいない。与太夫は還暦前に逝き、筆之助も体調を崩して休んでしまった。
序論
春14勝で初優勝した若嶋津、横綱初挑戦は9勝に終わったが、名古屋で15戦全勝。今度こそ横綱と期待されて迎えた秋場所。3横綱とも全盛期の迫力はなく、他の3大関も伸び悩み10勝がやっと。この場所で30年の歴史に幕を閉じる蔵前国技館に漂う停滞感を打ち破り、「南海の黒豹」が新国技館の主役に名乗りを上げることを期待された。
果たして念願成就するか、それとも他の横綱、大関が意地を見せるのか。
或いは三役に犇めくホープから化ける力士が現れるか。
3横綱
全勝で復活優勝した北の湖は先場所11勝と王者復活とまではいかず。初日から旭富士、陣岳にあっさり連敗、頸部捻挫で休場。もはや燃え尽きてしまったのか。隆の里も初場所の優勝以降は11,11,10と奮わない。早くも2日目魁輝の引き技に落ちて土がつき、その他も快勝とはいかなかった。左肩亜脱臼で全休明け、横綱で唯一59年に入って優勝のない千代の富士は、5連勝スタート。2番も時間前に立ち、ブランクの影響はなさそうだ。
4大関
綱取りの若嶋津は5連勝。保志には粘られたが、落ち着いていた。やや差し身の厳しさがない気がするが、及第点だ。出足が好調の琴風も、ガブリが出て無傷で乗り切った。
朝潮は巨砲の叩きに不覚を取ったが、これも馬力が溢れすぎた結果か。5日目全勝の好調大乃国を吹っ飛ばして面目躍如。ぶちかましからの突き放しは凄まじい威力だ。
北天佑は、大乃国に力負け、逆鉾に巧さ負けして出遅れた。
三役陣
関脇は上位と連戦の逆鉾は1勝4敗。左は楽に差すが、右差しに苦戦。平幕と3連戦だった大乃国は4勝1敗。スケールが段違いで上手取れば無敵とすら思える。
小結は上位戦が続き、保志5連敗、旭富士は北の湖を破った後4連敗。なかなか壁は厚い。
平幕勢
5戦全勝は、初日小錦を横から攻めて破った出羽の花と、右四つや両差しの技能が冴える多賀竜。
1敗には先場所新入幕で不完全燃焼に終わった小錦、その小錦には吹っ飛ばされたがうっちゃりの冴える大徹、左差しが決まり吊りも見せた飛騨乃花、奇襲戦法で北尾らを破った栃剣。
新入幕で8枚目に就いた北尾は、やや幕内の勝ち身の速さに戸惑っているようで、コロっと負けて黒星先行。しかし水戸泉、陣岳と長身の力士にはスケール負けしなかった。
翌7日目には隆の里が佐田の海の速攻に屈し、朝潮は陣岳に押し倒されてそれぞれ2敗に後退。琴風にも土がつき、この日から連敗。
単独首位に立った前頭12枚目多賀竜は、出羽の花との1差対決も制し、ストレートで勝ち越し。栃剣の引き技でついに土がついたが、前頭筆頭巨砲との上位戦初戦を快勝して首位タイで終盤戦へ。
1敗 若嶋津 多賀竜
2敗 隆の里 千代の富士 琴風 大乃国 小錦
大暴れ関脇大乃国
混戦を演出したのは関脇の大乃国だった。綱取り若嶋津、琴風に土をつけて3大関撃破。さらに9日目、千代の富士との1敗対決も下がりながらの投げで制した。ところが1勝8敗と対象的に不調の関脇逆鉾に両差し許し完敗するあたりが、大乃国らしいところ。
綱が手に届くところに
若嶋津は6日目に土がついたが、快勝つづきとはいかないものの、持ち前のスピード、四つの技術で切り抜けて、多賀竜との並走で終盤戦へ。上位陣や敗れている大乃国をリードをして迎えられたのは幸運だ。4勝1敗で抜ければ昇進確実。ラストスパートと行きたい。
両横綱復調しきれず
2敗で追う展開となった両横綱。優勝争いにはついているが、内容的にはピリッとせず。春場所以降続く不調を脱しきれない。隆の里はワキの甘いところが出たり、すぐに叩いたりが目につき、千代の富士は得意の形になるのに苦労し、脱臼明けのためか豪快な投げも出ず乗り切れない。巧者巨砲に二本差され抱え込む体勢から力技で打開するが、小手投げに外掛けを合わされ背中から落ち、大乃国には上手取って寄り立てながら、投げに足の運びが乱れた。
他の3大関
若嶋津に負けじと、琴風が6連勝スタート。大乃国、隆の里に連敗したが、取りこぼしはなく優勝争いに残った。ここ3場所一桁の白星に留まっていたが、久々の見せ場を作れるか。北天佑は調子が上がらない。形を作れず雑な攻めに出て3連敗。朝潮は突き押しの威力が目立ち好調と見えたが、10日目その北天佑にあっさり敗れ3敗目。優勝争いから後退した。
その他
10日目、飛騨乃花が立合いの注文で水戸泉を叩き込んだ一番に尾上審判から物言い。叩いた左手が髷を掴んでいたという指摘だったが、九重審判長は「故意とはみられず」として軍配通りとなった。髷掴みの反則は当時は珍事だったが、平成の後半になって頻発して議論になり、勝負規定から「故意」の文言が削除された。今なら反則を取られていた事案だ。
3年半ぶり2度めの入幕となった幕尻の蜂矢が元気。小兵ながら筋肉質で吊りなど力強い技で魅せている。大徹の独特のうっちゃりも見もの。のちにこれで千代の富士も破る。星は上がっていないが、初の上位戦で健闘しているのが陣岳。リーチある突っ張りが有効で、左四つでも懐の深さが通用。初日の北の湖に続いて、朝潮も破り、若嶋津にも善戦、小結保志も圧倒した。
終盤戦、中位の好調力士は上位と当てられやすいが、6枚目で勝ち越した小錦は初めての上位戦が組まれた。11日目、いきなり横綱隆の里。突っ張りから太い右腕を返して出て、喉輪押し、逃れる相手にショルダーアタック気味に体をぶつけて土俵下まで吹っ飛ばす衝撃の金星。続く12日目、懐に入った首位若嶋津が前日朝潮を叩きつけた得意の下手投げを放つが、これに200キロの体を寄せて潰してしまった。さらに関脇大乃国も圧倒した。そして14日目、千代の富士を真っ向突き放すと、未知の威力に踏ん張ったつもりの横綱の足は、俵の外。「千代、絶対勝つんだぞー」の観衆の叫びも虚しく、最後の砦も破られた。
粘る多賀竜も殊勲
12枚目で首位並走の多賀竜には、11日目に2敗勢の一角・大乃国戦が組まれたが、先に上手。引っ張り込みを防ぎつつ、見事な出し投げで攻略。すると続く2日間はなぜか前頭中位で平凡な成績の魁輝、闘竜と当たり、これを退けて単独首位となった。14日目は首位を陥落した若嶋津戦。大関からすれば自力で首位復帰して千秋楽へ持ち込めば、綱取りへ望みを繋ぎたい。ところが、深い下手を許して上手は伸び、懸命に堪えたものの、多賀竜のしぶとい攻めに最後まで打開できず、捨て身の投げも及ばず土俵下転落し、脱落。優勝争いは、まさかの平幕2人に絞られた。平幕優勝は昭和51年の魁傑以来。
最後に大関の意地
入門2年余りの外国人力士に横綱も綱取り大関も圧倒された。蔵前30年の歴史も霞む千秋楽、優勝を争う両雄は大関戦。
まず、これより三役前の一番で、小錦が登場。突き押しで攻めたが、琴風が組み止めて左四つ。2分を超える大相撲となったが、四つの技術に勝る大関が、ついに下手投げで下した。この瞬間、多賀竜の優勝が決定。
緊張の糸が切れたか。三役揃い踏みで慣れない四股を踏んだ多賀竜は、朝潮の突き押しに圧倒された。兄弟子の援護も間に合わず。黒船を辛うじて押し留めての平幕優勝は蔵前の魔物の仕業か。時代柄祝福ムードに沸いたが、多賀竜が大関戦1勝1敗、小錦が横綱戦2勝、大関戦1勝1敗。優勝争いを戦う綱取り若嶋津の横綱戦を飛ばしてまで割を崩したにしては、対戦相手に大差がある。審判部の師匠鏡山としても頭の痛い指摘だろうが、批判されても仕方ないだろう。
消化試合となった横綱対決は、速攻決めた千代の富士が制して両者10勝5敗。初場所まで4場所連続して楽日相星決戦を戦った両雄も、以降は良くて11勝。連敗して休場の北の湖を含めて散々だった。なお、千代の富士の横綱時代において、千秋楽に二桁に乗せるという不調はこの場所だけ。若嶋津も北天佑の寄りに土俵を割って4敗目。最低限綱取りを持ち越すこともできなかった。
朝潮は突き押しが炸裂して2横綱に快勝。北天佑も千代の富士との引きつけ合いを制して寄り切った。琴風は上位戦で目が出なかったが、最後に大仕事。3大関も終盤は存在感を発揮した。
上位戦を4勝2敗で勝ち越した関脇大乃国だが、平幕の両雄に敗れるなど4連敗。何とか二桁には乗せたが、三賞は回ってこなかった。三賞はもちろん、多賀竜、小錦で2つずつで分け合った。
そのほか
新入幕で8枚目についた北尾は、青葉城や魁輝の老獪な技に掛かったりもしたが、右差しを返して出ると強く、最後に3連勝で勝ち越し。もう一人の新入幕、水戸泉も最後4連勝したが、1番届かず。前半はスケールの大きな左四つに持ち込ませてもらえなかった。
3年ぶりに再入幕の33歳蜂矢は、相変わらずの筋肉質の体で鋭い動きを発揮、10勝をマークした。
9枚目の若の富士は、最後に3連敗で5勝10敗となり、翌場所は十両に陥落。まだ28歳だったが、突然廃業してしまった。突っ張りから左四つの寄りという型があった。