令和力士のランキングで頭をほぐしてから、今度は四股名の構成を分析する。分析といっても、切り取り方はいくらでもあって、1文字ごとに使用数を調べるのも一つだし、使われているのが自然か、動物か植物か宝物か、といった要素ごとに拾うのも面白い。
今回は「構成」に着目。何と何の組み合わせか、その語順は、という観点で分類する。キーにするのは、その由来。
例えば逸ノ城であれば、「本名」+「出身(出身校)」。照強であれば、「部屋」+「志向」。照ノ富士は、「部屋」+「師匠」。
あまり細分化するとグループ分けできないので、思い切って下記の4つに絞った。
また、同じ「富士」でも、山梨出身の富士櫻であれば「出身」、照ノ富士や北勝富士なら「部屋・師匠」、縁もゆかりもないが最高峰を目指すという意味で富士をつけている力士(北の富士?)であれば「志向」という分類になる。この辺りは、現役力士なら十分把握できる。
代表力士 | 説明 | 特徴 | |
①部屋 ・師匠 |
照ノ富士 豊山 |
部屋ゆかりの一字や、 師匠の四股名から |
伝統の重みを 加えられる。 |
②親族 ・本名 |
若隆景 琴ノ若 |
本名や屋号、親族、 恩人の氏名や四股名から |
使う字によっては 個性が強まったり、 伝統が高まったり。 |
③出身 |
隠岐の海 御嶽海 |
故郷の地名、名勝、偉人、 出身校や道場などから |
自然な四股名に 収まりやすい。 |
④志向 |
妙義龍 |
志や願いを込めて。 自然や動物等も含む。 |
個性や由来の強さ を発揮しやすい。 |
①部屋・師匠
・部屋伝来の四股名 錦木、豊山、朝乃若、逆鉾、太刀光、小錦、柏戸
・部屋の名称の一部を入れている 阿武咲、御嶽海、荒篤山、安美錦※
・部屋に代々伝わる文字を入れている 栃ノ心、琴勝峰、千代大龍、貴景勝※
・部屋に縁のある文字を入れている 照ノ富士、照強、北勝富士
・師匠や兄弟子の四股名の一部を取っている 照ノ富士、北勝富士、霧馬山
・師匠の思い入れのある一字を複数に名乗らせている 碧山※、徳勝龍
・その他 阿炎(アビは師匠のニックネーム)
※は、移籍前や改称前の部屋に由来
部屋や師匠に由来する要素を持つ力士は多く、4年夏場所の幕内42人中30人。むしろ部屋にも師匠にも由来しない力士の方が珍しい。本名力士以外では、逸ノ城、妙義龍、輝、若隆景、若元春くらい。
個性が叫ばれる時代だが、角界の徒弟制は強固。割合としては以前より増えているのではないだろうか。
過去の名力士の一字が入ることで、オールドファンにとっては親しみやすくなる。一方で個性は打ち出しにくくなる。
今回は構成を分析するためなので含んでいないが、かつての二所ノ関部屋(佐賀ノ花)やその流れを汲む旧押尾川部屋(大麒麟)では、師匠お得意の中国の故事から取った四股名を部屋の個性とした。大鵬、麒麟児、鳳凰、若兎馬など。判で押したように同じ字を与えるよりも趣があるが、昨今そのレベルに達する博識ぶりを発揮する親方はいない。
②親族・本名
・本名をそのまま 正代、髙安、遠藤、輪島
・ファストネーム 明生、大輝
・本名に一字加える 一山本、木村山、若花田、佐田の山
・本名の一字だけ変更 霜鳳、明武谷、荒勢
・本名から一字 松鳳山、豪栄道、琴奨菊、貴ノ浪
・本名の当て字 逸ノ城、臥牙丸、阿覧、大砂嵐
・親族の四股名を継承 琴ノ若、佐田の海、栃東、貴乃花
・親族の四股名の一部 若隆景、琴恵光、王鵬、豊昇龍
・親族の氏名や屋号など 琴勝峰、丹蔵、海鵬、寺尾
・後援者、恩人から拝借 玉鷲、前田山、吉葉山、双葉山
本名や親族などに由来する四股名。同場所の幕内では17人が当てはまる。うち8人は本名、8人は親族。そして玉鷲は入門時に世話になった旭鷲山から。
かつては恩人から取った四股名も多く、双葉山ら大戦前後の3横綱がこのカテゴリの出世頭。しかし、近年はまれである。
増加したのは、関取ではまだ少ないが、四股名顔負けの凝ったファストネームをそのまま名乗る力士。外国人力士の本名をうまく活かした四股名も出てきた。アフリカ出身のシャーラン青年に、「砂嵐」を当てたのは感心した。
親族の力士から取るケースでは、①同様に四股名の伝統を引き継ぐことができる。
名前が由来ではあるケースでは、「豪」「浪」「勝」といった四股名に良さそうな字を取るケースが多い。外国人の当て字も強そうな字を当てるし、明武谷、荒勢のように強そうな字に改めるケースもある。正代、出島、保志といった四股名と見紛う本名力士もいる。
本名ベースの出世頭は佐田の山か。佐々田から佐田の山とは雑な命名ながら、半世紀を超えて伝わると、伝統ある言葉にも感じられる。
③出身
・出身地名、旧国名 隠岐の海、志摩ノ海、把瑠都、常陸山
・出身地の名勝、偉人 御嶽海、岩木山、青葉城、北の湖、富士錦
・出身地の名物、動植物 霧馬山、千代翔馬、輝
・出身校、道場など 逸ノ城、大栄翔、豊響、玉春日
出身地に因む四股名は、随分と減ってしまった。現役幕内で6名に留まる。これにモンゴル出身力士の馬や鷲も加えるかは議論があるかと思うが、出身地の市花や動物を由来としてつけた四股名もあるだけに、含んでも良いかもしれない。
地名だけあって特徴的な字が入りやすいし、四股名らしい古風な響きも生みやすい。一定数存在してほしいところだが、①の増加に押されがち。栃赤城、琴欧洲のように共存も可能で必ずしも排他的な関係ではないのだが、やはり影響しているように思う。
また、来場所十両には水戸龍、欧勝馬が名を連ねるが、いずれもモンゴル出身力士で、師匠の四股名とはいえ出身地を名乗るのも違和感がある。言い始めれば出羽海部屋の出羽〇〇も、別に山形に出自はないから同じなのだが。
④志向
・自然、現象、動植物 翔猿、東龍、炎鵬、琴櫻
・構造物、宝物、武具 宝富士、巨砲、栃錦
・位、称号、偉人、名力士 王鵬、貴景勝、若元春、豊真将、鬼雷砲
・内面、精神 栃ノ心、妙義龍、荒篤山、徳勝龍
・動詞、形容詞、形容動詞 阿武咲、輝、隆の勝、貴闘力
・郷里 千代の国、隆の里
言葉が適切かはさておき、所属部屋にも親族にも出身にも由来しない要素を「志向」としてまとめた。
「山」「海」のごとく雄大に。「王」「将」のごとく人の上に立つ。土俵で咲く、輝く、闘う。「里」に「錦」を飾る。いろいろな言葉を用いて、大成することを願い、大きな志を込めるた一字を、「志向」としてまとめた。系統でない名力士から取ったケースもここに含む(鬼雷砲、白鵬なども)。
ここを細分化するともう収拾がつかなくなる。ここを1分類としたことで、何とか構造の分類にたどり着けそうである。
最も個性を打ち出せるポイントだが、あえて一般的な「山」や「海」でシンプルに収めて四股名らしくするのもあり。
上記の4つに分類由来を、さらに順列ごとに16分類する。基本的には2つを組み合わせて作られる四股名が多いので、マトリクスで分析した。
1番目(頭文字)の要素が縦、2番目の要素が横。
「宝富士」であれば、④宝+①富士で、④−①に入る。
単一の分類で成り立つものは、同じ要素が重なるところに置いた。豊山は、部屋の出世名を継承したので単一の①。照ノ富士は、旧伊勢ヶ濱部屋の横綱と師匠の2つの①要素の組み合わせ。両者とも①−①に入るので、2つ組み合わさっている力士には◎を付して区別できるようにした。
3つの要素が組み合わさっていたり、同じ文字に別の要素も含まれている場合は、表の配置だけで表現できないので、一番弱い要素と考えられるものに丸数字を付している。
令4夏 | ① | ② | ③ | ④ |
①部屋・ 師匠 |
照ノ富士◎ 北勝富士◎ 豊山 錦木 阿炎 |
琴恵光④ 豊昇龍④ 玉鷲③④ |
大栄翔 霧馬山④ 千代翔馬④ |
翔猿 照強 碧山 阿武咲 栃ノ心 東龍 貴景勝 千代大龍 荒篤山 隆の勝 琴勝峰 |
②本名・ 親族 |
琴ノ若① 佐田の海① 明生 正代 髙安 遠藤 石浦 宇良 |
逸ノ城④ |
若隆景 若元春 |
|
③出身 | 御嶽海 | 輝④ |
隠岐の海 志摩ノ海 |
|
④志向 |
宝富士 翠富士 |
王鵬① 一山本 |
妙義龍◎ |
・縦軸は頭文字、横軸は2文字目以降の文字(3要素以上の場合は主なものを採用)
・後ろの丸数字は、その他の要素や、同じ字に複数の要素が重なる場合に他の要素を併記
・◎は同じ要素が二重に掛かっている場合
①−④が最多
現役力士で最も多かったのは、①-④の構成である。所属力士に共通の冠をつける部屋が増えていることも影響しているのだろう。①-②とした豊昇龍、玉鷲も朝青龍や旭鷲山から取ったとはいえ④の要素もあり、①-③とした「馬」のつく2人も、故郷モンゴルを想起させるという意味であえて③に割り振った。これらも含めるとさらに増える。現代の基本パターンと呼べる構成だ。
一方で、①の要素が頭文字以外に入る力士は少なく、出羽海から取ったという御嶽海と、大師匠北の富士から取った北勝富士、師匠旭富士からとった伊勢ケ濱の3人だけ。後ろに「風」のついた尾車勢がいなくなったのが大きい。玉ノ井部屋も基本的に後ろに「東」をつけていたが、現役関取は皆「東」が前につく。
②、①単独が2、3番目
2番目に多かったのは、②だけの力士。本名力士と、親子力士がここに収まった。(琴ノ若は師匠の息子なので①とも言える。)
3番目は①だけの力士。部屋の伝統ある四股名を継いだ場合はここに入る。照ノ富士、北勝富士は部屋ゆかりの横綱と師匠の2人を組み合わせた①-①のパターン。
名門部屋が廃れてしまってやや減少傾向だが、平成期には鳴戸部屋の若の里、隆乃若。二子山部屋の隆三杉、三杉里。昭和の横綱でも千代の富士、双羽黒など少なくない。
完全独自路線の④ー④は、妙義龍だけ。①〜③に引っ掛けるものがなく、完全オリジナル。阿炎も文字は完全にオリジナルながら、読みは師匠から取ったので①としている。自らのルーツを顕示することも大事だが、0から生み出された四股名が1名だけというのは寂しい。1割くらいは④−④が存在してほしい。