令和6年九州場所は、横綱不在の中、琴櫻と豊昇龍の両大関が1敗同士で千秋楽決戦を戦った。
千秋楽に首位に並んだ両者が対戦し、勝った方が優勝する「楽日相星決戦」。
東西の正横綱なら千秋楽の対戦は確定しているため、共に番付通り優勝争いを引っ張る役割を果たせば、それなりに実現する。隆の里と千代の富士は4場所連続で楽日相星決戦を戦っている。最初は隆の里が大関だったが、横綱北の湖が長期休場しており、実質的に番付1、2位が続いていた。
しかし、大関同士となるとこれが難しい。千秋楽の上位陣の取組はほぼ番付に従って固定化されているので、番付発表の時点である程度千秋楽の顔合わせが読めるが、その2人が揃ってトップに2人並んで千秋楽を迎えるとなると、すごい確率だ。
1)そもそも大関が千秋楽に首位にいることが珍しい。しかも2人並ぶ必要がある。
2)番付上位の横綱、大関の休場によって、対戦順が変わることがある。
3)下位の力士が優勝争いに加わり、割が崩れることがある。
1)の低確率を満たしつつ、2)3)の外的要因の影響を受けつつも実現するのだから、奇跡と呼べる頂上決戦なのである。21年ぶりというのも無理からぬこと。見られたのはラッキーだ。
今場所に関しては、
1)横綱が不在、先場所優勝の大の里が不調という要因があって、好調を維持した2大関が首位を並走した。
2)番付順なら千秋楽は照ノ富士ー琴櫻、豊昇龍ー大の里となるところ、照ノ富士の全休により、あらかじめ琴櫻ー豊昇龍の千秋楽結びは確実となった。
3)さすがに優勝争いに加わっている最上位同士の割は崩しようがないので、今回は関係なかった。
と、比較的成就しやすい条件が揃っていた。
2)は偶然ではあるが、照ノ富士の休場は今年4回目だから、可能性は低くはなかった。
かくして激突した両大関。幕内では当初10連敗を喫するなど琴櫻にとって豊昇龍は天敵だった。いい体勢を作っても強引な投げで逆転され、どうやっても勝てない時期もあったが、克服して5連勝。時を同じくして大関に躍進している。直近は豊昇龍が連勝。先場所も横綱の不在により千秋楽結びで対戦したが、豊昇龍が勝ち越しを決めて両者とも8勝7敗。前日に優勝が決まり盛り上がらない千秋楽を象徴する一番となったが、1場所でこのコントラスト。眩いばかりの舞台で、決まり方こそ豊昇龍の足が流れたところを叩き落とすというあっけないものだったが、それまでの攻防には見応えがあった。
R06ー11◯琴櫻(東)ー豊昇龍(西)● 13-1
H15ー7◯魁皇(東)ー千代大海(西)● 11-3
H11ー3◯武蔵丸(東)ー貴ノ浪(西2)● 12-2
H04ー3◯小錦(東)ー霧島(西)● 12-2
S60ー3◯朝潮(東張)ー若嶋津(西)● 12-2
S36ー1●琴ヶ濱(西張)ー 柏戸(西)◯ 12-2
(※)H13−3◯魁皇(東)ー武双山(西)● 12-2
※は、準相星決戦とでも呼ぶべきか。貴乃花と3人が相星で並んでいたので、生き残りをかけた大関対決と見られていたが、この取組後に貴乃花が敗れて決定戦にならず。「結果的に」この大関対決に勝った方が優勝だったという事例。小錦ー霧島戦も他に相星が2人いたが、取組前にいずれも敗退。こちらは「取組時点で」勝った方が優勝と確定していたので、こちらは相星決戦にカウントした。
したがって、勝った方が優勝の楽日相星決戦を大関同士が演じたのは今回が6例目だが、魁皇ー武双山も含めて7例を比較してみよう。
成績
今回が最もハイレベルとなる1敗同士の対戦だった。
過去は12勝2敗同士ばかりだったが、前回初めて11勝3敗で、今度が13勝1敗。直近2例は横綱不在だった。
番付
上位の大関の6勝1敗。東張出大関の朝潮が、西正大関若嶋津を破ったのが唯一のアップセット。相星なのでその場所の調子は同程度のはずだが、案外前場所までの成績が優秀だった方が圧倒している。
東西
ほぼ番付上位が勝っていて朝潮も東だったので、やはり東方力士の6勝1敗。唯一、西から土俵に上がって勝ったのは柏戸。負けた琴ヶ濱も西張出大関だったので、番付が東方に位置する大関が敗れた例は全くない。
相撲内容
一方的な展開がほとんど。熱戦と言えるのは魁皇ー千代大海戦くらいで、決着はあっけなかったが琴櫻ー豊昇龍がそれに次ぐか。
勝者のその後
柏戸は翌場所の綱取りは逃すも、安定して好成績を続けて年内に昇進。武蔵丸は翌場所も制して昇進を果たしている。
この優勝で昇進かと騒がれた小錦は見送られ、朝潮、魁皇もついに横綱には届かなかった。つまり昇進したのは半数以下。琴櫻はいかに。
敗者のその後
なんと全員大関止まり。皆それなりの成績を残した大関であり(琴ヶ濱は微妙だが)、これに勝っていれば横綱だった、というわけでもないが、残念ながら大願成就せず。千代大海以外はこれが最後の優勝争いとなり、間もなく陥落したり、晩年期に入った例も多い。悪いジンクスを、豊昇龍は跳ね返せるか。
横綱若乃花を加えた一進一退の三つ巴の争いから、13日目若乃花と琴ヶ浜が1歩後退したが、14日目単独首位に立った柏戸が不振の横綱朝潮に敗れる。若乃花は連敗を喫し、1差ではあるが、首位に並んだ両大関が千秋楽に顔が合うため、脱落した。
普通なら千秋楽の上位陣は原則番付順の取り組みとなるが、この場所の千秋楽では2横綱の対決は当然だが、東正大関若羽黒と東張出大関大鵬、そして首位の両大関の顔合わせとなっている。首位グループにいた両大関の対決をあえて温存したのかは不明だが、その可能性はある。
かくて実現した15日制下初の大関相星決戦。11歳差の対決は、老巧が左四つに持ち込んだが、新鋭の圧力は止まず、強引な上手投げを前に出ながらの下手投げで返す力勝ち。先に幕内優勝を許し、番付でも並ばれた大鵬に1場所で追いついた。柏鵬時代の期待はますます高まり、熾烈な綱取り合戦の幕が開いた。一方、初の角番(2場所連続負越中)を久しぶりの活躍で脱した琴ヶ濱だったが、最後にして最大の好機を逸し、以降は大関維持が精一杯となった。
それから24年。新国技館のお披露目を終えた翌場所。前回の相星決戦を演出した優勝圏外の横綱、その弟子の朝潮が主役となる。序盤で2敗したものの、他の上位も軒並み奮わず。唯一1敗で走っていた若島津も12日目に2敗目、横綱千代の富士とともに首位に並んだ。横綱の3連覇に向けたVロードが始まるかと思いきや、13日目朝潮、14日目若嶋津に撃破され、殊勲の両大関が相星で残った。
西横綱隆の里が全休のため、千秋楽は千代の富士と東大関。そのため西大関と東張出大関の対戦となっており、順当に組まれた結果が、相星決戦となった。
若嶋津は前年全勝を含む2度の優勝。対する朝潮は過去3たび決定戦に進むも全敗。勝負強さに加えて、特に天敵だった横綱を破った若嶋津が有利と思われたが、これまでのチキンぶりが嘘のように会心の寄り身で圧倒した朝潮。悲願の初優勝を果たし、師匠の異名「大阪太郎」をも襲ったが、これをきっかけに覚醒することはなく、元の安定したハチナナ、クンロクに逆戻り。前年から綱取りに挑んでいた若嶋津だが、意外にもこれが最後の活躍となり、翌場所を最後に二桁にも届かないどころか、角番を繰り返すようになる。
丸7年後、一人横綱北勝海が休場し、出場力士中で番付最高位同士が、千秋楽結びで優勝を賭けて激突したのがこの一戦。新入幕同期にして、一方は2場所目から角界を揺るがせた黒船、一方は長らくの平幕暮らしを経て30歳過ぎて急浮上した潜航艇。超巨漢と筋肉美の好対照。The 大関決戦として名高い頂上決戦だ。
11日目から小結栃乃和歌と平幕安芸ノ島を加えた4人が横一線のまま誰ひとり譲らず千秋楽に突入。巴戦もあり得たが、優勝経験のない2人が続け様に敗れ、結びで勝った方が決定戦ではなく、即優勝となった。勝負はあっけなく、胸を合わせた小錦が霧島に技を出させる間もなく体力で圧倒してしまった。
新横綱が待望される中で、優勝ー12勝ー優勝の成績を修めながら諮問もされず。13-12-13勝の星に物足りなさはあったが、外国人差別騒動が起こるのも無理からぬこと。翌場所前に北勝海が引退して、みすみす横綱空白時代を招いてしまった。番付上も最上位となった小錦だが失望は隠せず、掴みかけた覇権は台頭する新世代に取って代わられた。同年9月の千秋楽が両者最後の大関対決となったが、8勝と7勝という寂しい成績。敗れて負け越した霧島は、翌場所大関から陥落した。
そのまた7年後の春、3横綱と新大関が休場する異常事態。横綱が不在になるのは6年秋以来4年半ぶりだった。残された大関2人も折り返しまでに2敗を喫していたが、9日目には1敗が消えて首位に並ぶと、2日で7人から2人に絞られて、そのまま千秋楽まで並走して一騎打ちとなった。
同時に昇進してからちょうど5年。これまで横綱が盤石だったため、結びで対戦するのは初めてだったが、それが優勝をかけた一番となった。やはり勝負はあっけなく、武蔵丸の「新兵器」右差しがずぶりと入って勝負あり。双差しで一方的に寄り切った。
大関昇進後、武蔵丸は3回、貴ノ浪は2回優勝するが続けて優勝に絡めず、直近は成績も下降しロートル化しつつあった。新大関も生まれ、横綱陣も全滅して尻に火がついたか、久しぶりに存在感を発揮した。その後の明暗は残酷で、武蔵丸は連覇して横綱に。貴ノ浪は年内に陥落となった。
武蔵丸が最晩年を迎え、4場所ぶりに出場したが貴ノ浪との最後の対戦で敗れるなど途中休場に追い込まれた。昇進3場所目の朝青龍にとって初めての横綱同士対戦は消え、今場所も千秋楽は大関戦になるかと思いきや、こちらも途中休場してしまい、予定通り東西正大関が千秋楽で対決することになった。
しかし両正大関は揃って9日目に3敗目。まさか場所納めの一番で優勝を賭けて戦うとは思いもしなかったが、12日目には2敗が消えて首位グループに。6人から14日目には2人に絞られて、大関同士の決戦となった。
すでに大関として2回ずつ優勝している実力者同士。九州人同士で盟友でもある。これまでの大関相星決戦と異なり、短いながらも攻防のある熱戦となって、千代大海の怒涛の押しを土俵際で堪えた魁皇が逆襲。正面土俵に雪崩れ込み、土俵下でしばらく動けない疲労ぶりが激闘を物語っていた。
勝った魁皇だが、12勝の優勝は当時はあまり評価されず、綱取りの起点としても微妙な扱いだった。案の定厳しい条件はクリアできず。最終的にどちらも綱取りはならなかったが、この後しばらく二桁勝利が続く安定期に入る。まだまだ大関を張り、共に通算在位65場所をマークした。相星決戦を境に成績に大きな変化がなかったのが他の例と違うところ。特段出色の出来だったわけでもなく、両者の実力からして珍しくもない成績を残したが、たまたま優勝ラインが下がって相星決戦になったという感じだ。
曙が引退し、先場所決定戦を戦った2横綱均衡の時代が来るかと思われたが、武蔵丸が出遅れた。魁皇が全勝で走り、1差で貴乃花、2敗勢がこれを追う展開。13日目魁皇に土がつくが、貴乃花も武双山の出足からの巻き落としに屈し、2敗に引き摺り込まれた。14日目、武双山は2敗を守り、直接対決で貴乃花が勝って3人が並んだ。
千秋楽の展開は先述の通り。大関対決は、魁皇が、武双山との投げの打ち合いを制した。何とか連敗脱出、この調子で復活した貴乃花に勝てるかと不安視していたら、賜杯の方から転がり込んできた。
武双山は昇進直後に陥落するなど腰痛の影響で調子が上がらず、これが初めての二桁勝利。この後何度も二桁勝利はマークするが、10勝が最高だったので、唯一最後まで優勝を争った場所となった。
以上、大関相星決戦を振り返ったが、最後に両者の関係性について触れておきたい。好敵手と呼ばれたコンビばかりなのだ。意外な組み合わせというのは柏戸ー琴ヶ濱くらいで、その他は深い深い因縁がある。琴櫻と豊昇龍は、年齢も近く、横綱の縁者という共通点もあり、新たなライバルとなる可能性は十分。できれば横綱同士での激突が見たい。